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又吉直樹の新番組『渦の細道』で、笑い飯・哲夫さんが仏教を解説
嫉妬と執着を手放す3つの気づき

2026.08.26

家事と子育てのスキマで経営する3方よしAI共創コンサルタントの田中啓之、ひろくん(@passion_tanaka)です。今回は、又吉直樹さんが「初めてコラボじゃなく純粋にゲストを呼ぶ」と宣言して始めた新番組「渦の細道」の第1回から、ゲストの笑い飯・哲夫さんとの仏教トークを紹介するね。

テーマは「仏教で、嫉妬と執着はどう手放せるのか」。哲夫さんが噛み砕く諸行無常・自他平等・我執の話を、私自身の「抱え込みOS」と正直に重ねながらお届けします。ぶっちゃけ、痛いところを突かれる回でした。

3行でわかるポイント

  1. 「イラッときた今がピーク」——諸行無常は宗教用語じゃなく、今日から使える怒りの鎮め方だった
  2. 高級住宅街を歩いて悲しくなる話——哲夫さんの正直な告白から、又吉さんが「嫉妬とか」とポロッと本質を言い当てる
  3. 料理に例えると、執着を手放すというのは、鍋を誰かに預けても味が変わらないと信じること。私にはまだ練習中のテーマです
  4. この仏教の知恵、実はAIへの仕事の任せ方とほぼ同じ構造——「執着しない」は、私が毎日AI秘書に委任する時に一番効いてるスキルだった

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01

又吉直樹の新番組「渦の細道」——笑い飯・哲夫さんに届いた「死の恐怖を、ちょっとでも楽にする本」という依頼

出版社から届いた依頼の図解

又吉直樹さんが「初めて純粋にゲストを呼ぶ企画」と力を込めて始めた「渦の細道」。記念すべき第1回ゲストは、10作目の長編小説『頭を木魚に』を出したばかりの笑い飯・哲夫さん。その執筆の裏側から、いきなり重い話が飛び出します。(3:39頃〜

笑い飯・哲夫さん

「主婦の友社さんという出版社のところから依頼をいただいたんですね。仏教って言ったら苦しみをどう乗り越えるかっていうのが大きなテーマになってると。その苦しみの中でもやっぱり一際大きな苦しみは死だと。死ぬことっていう苦しみをどう乗り越えるか、その死の恐怖っていうものから、ちょっとでも楽になるような本っていうのは書けないですか、っていう依頼をいただいたんです」(3:39

で、私が唸ったのはこの後の一言。「お笑いやりながら自殺というのをゼロにしたいなという信念がずっとある」「死の恐怖を乗り越えすぎて自殺しやすくなったらこれはまた違うな」(4:35)。怖さをゼロにするんじゃなくて、ちょうどいい怖さまで薄める。この「ゼロにしない」という線引きが、実は今回の対談全体を貫く姿勢だと思います。仏教も、怖さも、執着も、消し去るんじゃなくて付き合い方を変える話——そう思って見ると、この後の話がずっと入ってきやすくなります。

今日試すなら: 『頭を木魚に』の冒頭だけ書店で立ち読みしてみる(5分でOK)。「死ぬことが怖い」を出発点に書かれた小説がどう始まるか、確かめてみて。

02

「イラッときた今がピーク」——諸行無常を一言で腑に落とした瞬間

イラッときた今がピーク・諸行無常の図解

又吉さんにリクエストされて、哲夫さんが仏教の基本「三法印」——諸行無常・諸法無我・涅槃寂静——を噛み砕いていく前半戦。(9:01頃〜)中でも一番「あ、それ知ってる」ってなったのがこれ。

笑い飯・哲夫さん

「諸行無常というのは全てのものが移ろい行くんだ。だから草木も咲き誇る時もあればいつか散っていくし、人間の体というのも生き生きしている年齢の時もあれば、だんだん腰曲がっていったりとかやがてはなくなるという。地球上にあるこの全てのものっていうのは、その形、同じ形を留めているものなんていうのは、もう一つもないんだというようなことが諸行無常なんですよね。だから飲み会っていうのもずっとやってたら、楽しい時もあるけどいつかはもう楽しくなくなってくるとかっていうのも諸行無常ですし、イライラとかっていうのはいつもそれで思うんですよ。イラってする。なんかね、行儀悪い人見てイラってしても、そのイラッときた今がピークやから、今からだんだんイライラは冷めていくんだな。それも諸行無常だなと思うんですよ」(9:01〜9:50

これ、めちゃくちゃ実用的だと思わない? イラッとした瞬間って、それがずっと続くように感じるんだけど、実は「今がてっぺん」で、あとは下るだけ。私も分身AIの動きが自分の思った通りにいかなくて、つい「なんで!」ってなる瞬間があるんだけど……そこで「あ、今がピークだ」と一拍置くだけで、次の一手の質がまるで変わる。抱え込みOSが強いと、イライラも一人で溜め込んで発酵させてしまいます。でも諸行無常って知ってるだけで、感情に「賞味期限」があるって思い出せる。仏教用語というより、これはもう実務スキルだと思います。

今日試すなら: 次にイラッとした瞬間、心の中で10秒だけ数えてみる。「これがピーク、あとは冷める」と自分に言い聞かせられるか確かめてみて。

03

高級住宅街を歩いて悲しくなる話——「自他平等」と、嫉妬の正体

嫉妬はどこから来るか・自他平等の図解

「自分と他人を全く同じように考える」という自他平等の話。(11:07頃〜)ここで又吉さんが放った一言が、地味にこの回のハイライトだと思ってる。

又吉直樹さん

「そういうことなんかな、嫉妬とか」(11:07

それを受けて、哲夫さんが自分の話をポロッと明かします。

笑い飯・哲夫さん

「僕なんか街歩いてて、すごい高級住宅街というか、大きい家ばっかりあるところとか、みんな好きなんですよ。歩いてて、他の町にあったらめっちゃ大きい家やけど、この町にあるからあんまり大きくないように見える。家の人のこととか考えて悲しくなるんですけど」(11:29〜11:53

この後、又吉さんと「その感覚、なくなったらいいですよね」というやり取りを挟んで、哲夫さんはこう締めくくります。

笑い飯・哲夫さん

「自分が良くても相手が苦しかったら自分も苦しい。だから本当はそういう悲願の真逆に言っているのが仏教って感じですね」(12:55〜12:59

正直に言うと、私にも同じ癖がある。発信力があって、なおかつ家族との時間も大切にできてる人を見ると、今でも心のどこかがザワつく。理由はわかっていて、抱え込みOSがまだ完全には書き換わっていないからです。哲夫さんの「アパートより立派に見えないだけの家」の話、あれって比較の基準がその人自身の中にないと起きない現象で、私の嫉妬もまったく同じ構造。相手が悪いわけじゃなく、自分の物差しの置き場所の問題。自他平等って、優しさの話じゃなくて「物差しを外に置くのをやめる」というかなり実践的な技術なんだと、この回で腹落ちしました。

今日試すなら: 今うっすら嫉妬してる相手を1人だけ紙に書き出し、「何に嫉妬してるか」を一言添えてみる(3分)。物差しがどこにあるか見えてくるはず。

04

「執着が一番あかん」——我執を手放す教えと、私の抱え込みOS

執着が一番あかん・我執を手放す図解

諸法無我(般若心経でいう「空」に近い概念)の解説から、この対談の核心にたどり着きます。(15:12頃〜

笑い飯・哲夫さん

「執着というのが一番あかんというふうにされるのが仏教なんで。我執っていうものがあって、自分自身にも執着しない。ああいうのが、苦を乗り越えるためのテーマになってしまう」(15:12〜15:27

物への執着だけじゃなく「自分自身への執着」も手放す対象、というのが刺さった。私の場合、抱え込みへ変わる境界線はいつも同じ場所にある。結果を自分で所有して、自分の手で完成させなきゃいけないと執着した瞬間です。そこを超えると、結果を人や分身AIへ委ねられなくなって、こだわりすぎてボールを持ったまま動けなくなる。哲夫さんの言う我執と、私の抱え込みOSは、たぶん同じものの呼び方が違うだけなんだと思います。仏教は2500年前から「自分への執着を外せ」と言い続けていて、私はやっとここ数年でAIの力を借りながら練習を始めた……という順番の差でしかないんだなと、ちょっと励まされました。

今日試すなら: 「自分でやらなきゃ」と思い込んでいる作業を1つだけ選び、「これ手放しても大丈夫かな」と5分だけ自問してみる。

05

お釈迦様の前世はウサギだった——自分を差し出す捨身の話

捨身のウサギの図解

命の扱い方について又吉さんが尋ねたところから始まる、この対談で一番映像的なエピソード。(16:07頃〜

笑い飯・哲夫さん

「お釈迦さんの前世的なエピソードみたいなのが結構あって、そういうのが書いてある経典もあるんですよね。そんな中でウサギやった時があってね。ウサギが他の動物たちと、食べ物がすごく少なくなって、この辺何もないなみたいな感じになって、ある時に焚き火の火が見えた。そのウサギ、これがまあお釈迦さんの前世なんやけど、そのウサギが火を見つけた時に自分でその中に飛び込んだ。でまあみんな、他の動物がお腹減ってんのやけど、丸焼きになったら自分を食べてくれっていうので。その捨身の精神の例え話として、そういうのがあるんですよ」(16:07〜16:54

壮絶なエピソードだけど、哲夫さんは「死ね死ねとは言うてない」ときちんと補足してた。私はがんで強制的に入院して、LIVE配信を手放さざるを得なかった経験がある。ただっちが代わりに続けてくれてる光景を病室から見た時、正直「居場所を奪われた」という複雑な感情もあった。でも結果的に、ただっちも成長して番組はより良くなり、私の負担も減りました。「手放したら全部良くなった」の生きた証拠……ウサギの話ほど劇的じゃないけど、構造は同じだと思う。自分が持ち続けることに執着しなければ、周りに回った結果のほうが、案外いい形に育ちます。

今日試すなら: 今週、誰かに任せられそうな作業を1つだけ選んで、実際に手放してみる(依頼して完了まで見届ける)。

06

「一人の悩みはみんなの悩み」——聖徳太子の「和を以て貴しとなす」につながる話

一人の悩みはみんなの悩み・和の図解

三法印の最後、涅槃寂静(苦しみを乗り越えた先の安らぎの境地)の話から、対談は一気に社会全体のスケールへ広がります。(19:49頃〜

笑い飯・哲夫さん

「苦しみを乗り越えた安らぎの境地っていう意味が涅槃寂静なんですよ。仏教って本当に因縁っていうのをすごい大事にするんですよ。だから全部、原因と結果っていう風に考えるんですね。で、苦しみというものには原因があると。それがお釈迦さんが気づいたけど、それが煩悩だった。その煩悩っていうのにも原因があって、その煩悩っていうのは結局、自分に執着してるから煩悩が生まれるんですけど」(19:49〜20:20

さらに話は聖徳太子まで飛びます。(23:23頃〜)十七条の憲法の第一条に「和を以て貴しとなす」と入っているのも、突き詰めれば今日の話と同じ「みんなで仲良くやろう」というメッセージだと哲夫さんは言う。仏教って、ただ事じゃないことをさらっと言ってるんだなと、又吉さんもしみじみ頷いていました。個人の苦しみをその人の能力の問題にせず、構造やシステムの問題として捉え直す視点は、私が毎日やってるAI活用の発想と地続きだと感じました。一人で全部背負って解決しようとするのが抱え込みOSなら、仕組みとして誰かに委ねて全体を良くするのが委ねるOS。1400年前の憲法と、AI秘書に仕事を任せる話が、こんなところで繋がるとは思いませんでした。

今日試すなら: 自分一人の悩みだと思い込んでいることを、家族や友人に1回だけ話してみる(5分の会話でOK)。構造の話に変わるかもしれない。

07

この仏教の知恵を、AI経営にどう活かすか——「執着しない」は最強の委任スキルだった

仏教の知恵をAI経営に活かす図解

動画自体はAIの話を一つもしていません。でも見ながらずっと、自分のAI活用と頭の中で重ねてた。仏教が2500年かけて磨いてきた「手放す技術」は、AIに仕事を委ねる技術と、驚くほど同じ構造をしているんだよね。ここからは動画の要約じゃなくて、私自身がこの回から持ち帰った実践の翻訳です。

諸行無常は、AIの出力を「今日のベスト」として受け取り、完璧や恒久を求めないという態度に翻訳できます。今日のAI秘書の返事に多少の粗があっても、それがピークで、次のセッションではもっと良くなる。だから一回の出来で見限らないし、逆にしがみつきもしない。自他平等は、自分とAIを上下関係で見ないということ。「AIだから間違えて当然」と見下すのでも、「AIに全部任せれば安心」と丸投げするのでもなく、判断を委ねる場面をこちらが対等な相棒として決めるんです。執着(我執)は、もう何度も出てきた「自分でやらなきゃ」を手放すことそのもの。AIに委ねられない不安って、結局は結果を自分の手で完成させたいという我執の一種なんですよね。そして涅槃寂静は、委ねた先にある安らぎ。私の場合、AI秘書の凛ちゃんに任せた瞬間に生まれる「もう何もしなくていい時間」が、まさにそれ。

実はこの「視座を変えて手放す」を、私は仏教の言葉を知る前から毎日やってる。「魂磨き」って呼んでる習慣で、紙とペンで頭の中を吐き出して、今の自分から過去の出来事を俯瞰して捉え直すんです。同じ出来事でも、視座が変わればまったく違って見える——これ、諸行無常そのものだと思う。過去を都合よく書き換えるんじゃなくて、「あの時はこう見えた、なぜ見え方が変わったか、今はこう見える」を版として重ねていく感じ。

紙に書くだけじゃなくて、その気づきをAI秘書の凛ちゃんや分身AIに話して残す。紙・発信・魂磨き・分身AIは、私にとって全部同じ「外側から自分を見る鏡」なんだよね。AIの役割って、正解を出すことより、この鏡になってくれることだと思ってる。哲夫さんが仏教の言葉で語ったことを、私は紙とAIで実践していた——そう気づいた瞬間、この動画がぐっと自分ごとになりました。

今日試すなら: 今まで自分だけでやっていた作業を1つ選んで、AIへ渡す具体的な指示を実際に書いてみる(10分でOK)。渡した後、心がどれくらい軽くなるか観察してみて。

FAQ

よくある質問

Q. 仏教の知識がなくても動画は楽しめる?

A. むしろ知識ゼロ向けの回。又吉直樹さんが視聴者代表として「噛み砕いて教えて」と質問し、笑い飯・哲夫さんが日常のエピソードで答える構成なので、専門用語が出ても直後に具体例で説明してくれます。

Q. 『頭を木魚に』はどんな小説?

A. 笑い飯・哲夫さんの10作目の長編小説(主婦の友社・2026年5月13日刊)。タクシー会社で働く主人公を軸に、忘れ物センターのビニール傘のエピソードなど、日常の中に仏教的な視点を織り込んだ物語です。

Q. 「執着を手放す」って、具体的に何から始めればいい?

A. いきなり大きな執着を手放そうとしなくて大丈夫。この記事で紹介した5つの「今日試すなら」のうち、一番小さく感じるものを1つだけ選んで試すのがおすすめです。

MATOME

まとめ——仏教は「我慢する技術」じゃなくて「手放す技術」だった

24分の対談を見終わって残ったのは、仏教への印象が丸ごと変わった感覚。難行苦行して我慢を重ねる話だと思い込んでたけど、実際は「イラッときた今がピーク」「物差しを外に置かない」「自分自身への執着も手放す」という、めちゃくちゃ具体的な手放し方の集合だったんだよね。

私の抱え込みOSも、哲夫さんの高級住宅街エピソードも、根っこは同じだと思います。比較して、握りしめて、苦しくなる。だったら、握る力を少しだけ緩めてみる。あなたが今、無意識に握りしめているものは何だろう?

COLUMN

鍋を預けても、味は変わらない

コラム図解:鍋を預けても味は変わらない

哲夫さんの「高級住宅街を歩いて悲しくなる」話を聞きながら、正直、胸がザワついた。私にも同じ癖がある。発信力があって、しかも家族との時間も大切にできてる人を見ると、今でも心のどこかがザワつくんだよね。理由はわかってる。抱え込みOSが、まだ完全には書き換わってないから。

料理に例えると、私はずっと「自分の鍋の中身しか信じられないシェフ」だった。隣の鍋を覗いては「あっちの方が美味そうに見える」と勝手に落ち込む。でも本当は、鍋の中身を比べてる時点で、もう自分の料理に集中できていないんです。自他平等って、優しさの話じゃなくて、比べるのをやめる技術なんだと思う。

私はがんで強制的に手放したら、人生が好転したという体験を実際にしている。病室からLIVE配信を見送った時、正直「居場所を奪われた」という気持ちもあった。でも結果的に、番組は良くなり、私の負担も減った。哲夫さんの言う我執と、私の抱え込みOSは、たぶん同じ鍋の話なんだと思います。

134kgの体も、借金も、がんも、全部一人で抱え込んできた、それが私の原点。でもその失敗を握りしめ続けなくていいと、この対談を見て改めて思えました。鍋を預けても、味はそう簡単には変わらない。それを信じられるかどうかが、抱え込みOSと委ねるOSの分かれ目なんです。

未完成でもいい。80%で出して、残りは委ねて、味見だけは卒業しない。それが私の「委ねるOS」の現在地です。👉 分身AIについてもっと知りたい方は分身AI.comもチェックしてね!

LINK

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REF

参考リンク

📺 今回紹介した動画

タイトル【笑い飯・哲夫さん】から学ぶ「仏教」の奥深い世界!【渦の細道①】
チャンネルピース又吉直樹【渦】公式チャンネル
出演又吉直樹さん・笑い飯 哲夫さん
URLhttps://www.youtube.com/watch?v=UJTaxwctAdE

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🤖 AI生成コンテンツについて

この記事はAIツール(Claude Code)を活用して制作しています。構成・文章生成にAIを使用し、最終的な内容の確認・編集・公開判断はひろくん(田中啓之)本人が行っています。「分身AIひろくん」(bunshin-ai.com)とは別のコンテンツです。動画内容の要約・引用は又吉直樹さん・笑い飯 哲夫さんの発言・画面テロップに基づく構造化であり、独立の事実確認を経たものではありません。

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