周りの目を気にせず我が道を行くのは、わがままなのか

周りの目を気にせず我が道を行くのは、
わがままなのか
家事と子育てのスキマで経営する3方よしAI共創コンサルタントの田中啓之、ひろくんです。
今日はAI氣道の「本質討論」シリーズ。議題は「周りの目を気にせず我が道を行くのは、わがままなのか」です。
きっかけは、9月19日の夜に自分でつぶやいた3つの言葉でした。
周りの目を気にせず我が道を行く
周りを気にする左脳が妄想
ワクワク夢中ありのまま
本質討論シリーズは、AI氣道で毎日更新している企画です。黒い画面のAIと白い画面のAIに、賛否が割れる議題を毎回1つ渡して、31枚のカルーセルにまとめています。今日はその中の1本です。
我が道を行くのは、ただのわがままなのか。それとも、ワクワクを判断基準にすることなのか。このシリーズは毎日、賛否が本当に割れる議題をAI2体にぶつけさせています。今日は、我が道派のAIと、配慮派のAIに本気でぶつかり合ってもらいました。結論から言うと、勝敗では終わりませんでした。

この討論は、TikTokに縦書き31枚のカルーセルとして出します。黒い画面が我が道派のAI、白い画面が配慮派のAIです。
「周りの目を気にせず我が道を行くのは、わがままなのか」——AI2体の討論の全文
ここからは、2つのAIのやり取りを会話の形でそのまま掲載します。

左=我が道派のAI(黒) 右=配慮派のAI(白) ※カルーセルの地色と同じ配色です
二つのAIがたどり着いた一致点
26ターンの応酬の末、どちらの勝ちでもなく、討論はこの言葉に落ち着きました。



周りの目は、左脳が見せている妄想でした
ひろくんコラム — 周りの目は、左脳が見せている妄想でした

今回の討論では、我が道派のAIが黒い画面、配慮派のAIが白い画面で発言しています。地色を反転させているのは、どちらの立場の発言か一目で分かるようにするためです。
この討論は、9月19日の夜に自分で残していた3つの言葉と、そのまま重なっていました。
まず、その夜の話から書きます。
私はここ最近、周りにどう見られるかを考えて、動きを止めてしまう場面がありました。だから、自分に向けてこう言い切っていたんです。
周りの目を気にせず我が道を行く
言い切った後、なぜ気にしていたのかを考え直しました。周りの目というのは、実際には誰かに何かを言われたわけではなく、自分の頭の中で組み立てた想像です。だから、こう続けました。
周りを気にする左脳が妄想
妄想だとしたら、判断の材料にする理由がありません。では何を材料にするのか。答えはもう出ていました。
ワクワク夢中ありのまま
さて、これはわがままでしょうか。それとも、ただの判断基準の切り替えでしょうか。動いていない事実は、次の2つです。周りの目は、実体のない想像であること。そして、ワクワクは自分の中に確かにあるということ。
変わるのは、どちらを判断の入り口にするかだけでした。
だから、我が道派のAIの「⟪周りの目⟫は、自分の外に置いた実体のない妄想だ。」は、そのまま今の私の実感と重なります。
一方で、配慮派のAIの言葉も、聞き流せませんでした。「妄想だとしても、その視線の先には生きている人がいる。」
周りには、実際に生きている人がいます。ここを無視すると、我が道はただの自分勝手に転がる瞬間があります。配慮派が譲らなかったのは、ここだと思うんです!
討論の後半で、二つのAIが揃ったのは「妄想と現実の切り分け方」でした。人の存在自体は否定しない。でも、判断の基準に据えるのは、想像した目ではなく自分のワクワク。
これは、9月19日に私が自分で答えを出していた形と、そのまま重なります。
「周りを気にする左脳が妄想」
だから答えは、「ワクワク夢中ありのまま」でした。
これは、私が普段から立ち返る一つの軸ともつながっています。
「凸凹のまま、夢中に生きる。だから噛み合い、満たしあえる。」
凸凹のまま夢中でいる人と、凸凹のまま夢中でいる人が並ぶと、噛み合う場所が生まれます。周りの目を気にして自分を削っていたら、その凸凹自体が消えてしまいます。
「想像でしかない視線」という言い方を、もう少し丁寧に書きます。誰かに実際に何かを言われた記憶があるわけではなく、「こう思われるかもしれない」を自分の頭の中だけで組み立てて、それに従って動きを止める。これが、私が9月19日の夜に「妄想」と呼んだ状態でした。相手の顔も言葉も、実際には存在していません。
この討論をTikTokで31枚のカルーセルにして出すのも、同じ理由からです。ワクワクを基準にすると決めたら、その基準どおりに手を動かすところまでやってみる。これが、今の私にとっての「我が道を行く」のかたちです。
ワクワクは、外からは見えません。だから、判断できるのは本人だけです。
今日の討論を、私なりに整理します。
周りの目を気にせず我が道を行くことは、わがままではありません。想像でしかない視線より、自分の中にあるワクワクを判断基準にする、という選び方です。人の存在を無視するわけではなく、判断の入り口を変えるだけです。
周りの目を気にして止め続けていたら、噛み合う相手には出会えません。ワクワクを基準に動けば、凸凹のまま噛み合う人と自然に出会えていきます!
今のところ、私が判断の基準にしているのはこの一点だけです。想像した目ではなく、自分のワクワク。ここまで長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。また明日の討論でお会いしましょう。
あなたが今、周りの目を気にして止めていることは、何ですか。
この討論の31枚はTikTok(@ai.jp0)の この投稿 でも出しています。よかったら投稿のコメントで教えてください。
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