WATCH REPORT/第2の脳

私はずっと「整頓」を「整理」だと勘違いしていた——Obsidianの掃除術は、母艦の作り方の答え合わせだった

2026.08.11

家事と子育てのスキマで経営する3方よしAI共創コンサルタントの田中啓之、ひろくん(@passion_tanaka)です。今回は、飯塚浩也さんがObsidianの整理術を解説した動画を答え合わせに使うね。

私は自分の第2の脳を「母艦」と呼び、集める役と判断する役だけを自分に残しています。それなのに、実際にはメモが増えるたびフォルダを作って並べていました。地味な話だ。今回は、動画の紹介ではなく、私の母艦運用がどこまで正しくて、どこが甘いかを確かめる答え合わせとして書きます。

この記事でやること
Obsidianの掃除術を、ツールの操作解説ではなく「AIに渡す材料の作り方」の答え合わせとして読み直します。単純にそれだけ。読み終える頃には、あなたのメモを1枚だけ、探せる状態に直せます。

飯塚浩也さん
チャンネル「Obsidianでつくる最強の右腕」。動画内で自身のObsidianに1万枚以上のメモがあると語っています

しゅうとくん
聞き手として出演。フォルダを作りたい側の代表として質問しています。それだけの役どころだ。

私は自分のMacの中に、母艦と呼んでいる第2の脳を持っています。そこは今も同じだ。そこでの役割分担はすでに決めてあって、ワクワクを見つけて集めてくるのが私、それを形にするのがAI、品質のゲートを通して宝に変えるのもAI、そして俯瞰して判断するのが私、という並びです。理屈の上では、私は集めることと判断することだけをやればいい。

ところが実際の私は、集めたあとに整理を始めます。しかも整理のやり方が、フォルダを作ることでした。困った話だ。集める役の私が、しまう場所を決める仕事まで持ってしまっていました。

この動画から私が確認したのは、次の3つです。

  1. メモが増えるのは自然の法則。完璧に整理しようとした瞬間に破綻するという、私の紙のノートがすでにやっていたこと
  2. 目指すのは整頓(見た目が綺麗)ではなく整理(探し物が見つかる)。これは私が実家に帰ったときの感覚と同じだった
  3. 何度も使われるメモは全体の2割だけ。これは私の「脂肪は財宝」という考え方と同じだった

18分見終えて、原因がはっきりしました。私が作っていたのは整理された机ではなく、整頓された本棚のほうでした。地味に不便だ。本棚は見た目こそ整っていますが、探すときは結局、背表紙を端から目で追うことになります。机の上は散らかって見えても、いつもの位置に手を伸ばせば出てくる。私の母艦は、見せるための本棚として育っていたわけです。

整頓と整理をつなぐ7つの気づきの流れ

「置き場所を決めるのをやめた」——Obsidianで、集める役だった私が、しまう役まで背負っていた話

集める役が、しまう役まで背負っていた

私は自分の第2の脳を、母艦と呼んでいます。集める役と判断する役だけを自分に残す、という約束のはずでした。単純な話だ。この分担を決めたとき、私は自分の仕事が減ると思っていました。書くのも、整えるのも、判定するのもAIがやる。実際、下書きが出てくるまでの時間は大きく変わりました。

ただ、集めたあとに整理を始める癖だけは、約束の外に残っていました。案件ごと、月ごと、種類ごと。作った瞬間は気持ちいい。問題は、次に何かを書くとき「これはどのフォルダに入れるんだっけ」で手が止まることです。私は方法ではなく、判断そのものを増やしていました。それだけだ。

この動画で、飯塚さんが開始30秒で答えた場面がありました。

「いらないっすよフォルダなんて。……そういう時でもしかして整理ってフォルダ作るしかないと思ってますよね」

飯塚浩也さん — 0:26〜

思っていました。意外だった。というより、それ以外の整理の仕方を、私は一度も習ったことがありません。飯塚さんは、1万枚のメモを扱うために整理を捨てたわけではありません。そこが盲点だった。フォルダという方法だけを捨てた人です。私が集める役のまま置き場所を決める仕事まで背負っていたのに対し、飯塚さんはその仕事自体を最初から持っていませんでした。

地味な発見だ。役割分担は、決めた瞬間には終わりません。決めたあとも、古い癖のほうが先に手を動かしてしまう。これは母艦だけの話ではなく、集客やチームの仕事でも同じことが起きます。任せると決めたはずの作業に、気づけば自分の手が伸びている。フォルダを作る指がそのまま、任せたはずの仕事に口を出す指だったんだと、この場面を見ながら気づきました。

最初にやること:あなたのメモアプリを開いて、直近1か月で一度も開いていないフォルダを数えてください。それだけだ。数えるだけで終わりにします。

「紙には最初から諦めていたものがある」——デジタルにだけ完璧を求めていた朝

紙は汚くていい・デジタルだけ完璧を求めた

私は毎朝、紙のノートに頭の中をマインドマップで書き出しています。iPadでは出てきません。紙とペンじゃないと出てこないものがある。手の感触が脳を動かす、という感覚が私にはあります。あの紙の上は、いつも汚いです。矢印が交差して、書き直した跡があって、後から読めない字もある。それでも困りません。書き出すこと自体が目的で、もやもやが外に出れば役目は終わりだからです。

妙な話だ。紙にはできていた「汚くていい」が、なぜかデジタルの中だけできていませんでした。母艦は綺麗に整えるものだと、どこかで思い込んでいたんです。そこが盲点だった。

掃除術の話に入る前、飯塚さんが前提をひっくり返す場面がありました。

「メモが増えるのって当たり前なんですね。ある意味自然の法則だと思ってください。……完璧に整理しよう、そういう気持ちは一旦捨てた方がいいんですね」

飯塚浩也さん — 1:34〜

自然の法則。この言い方で、私はようやく肩の力が抜けました。紙は最初から諦めているから続いていて、Obsidianは諦めていないから重くなっていた。同じ私の中で、二重の基準が動いていたわけです。AIツールを選ぶ前に言語化すべきことの話を書いたときも、詰まっていたのは同じ場所でした。今もそう思う。

諦め方を決める:さっき数えたフォルダのうち、一つだけ「これはもう整理しない」と決めてください。消さなくてかまいません。それだけだ。決めるだけです。

「外に出す、だけでは終わらせていなかった」——一段上から見るための3つの方法

外に出す、だけでは終わらせていなかった

私が一段上から自分を見られるようになる方法は、経験上3つしかありません。紙のノートに頭の中を出すこと、現場に身を置いて五感で感じること、そして分身AIと対話することです。単純な話だ。この3つに共通しているのは、全部「自分の外に出す」という動作だという点でした。出す先が紙か、場所か、AIかという違いしかありません。

癖だった。ここに、私の勘違いがありました。外に出したものを、私はきれいに並べようとしていたんです。それだけの話だ。並べる作業には、外に出す効果がありません。むしろ並べている間じゅう、私は中の情報とにらめっこしていて、視点が下がっている。抱え込みOSのころに私がやっていたのは、まさにこれでした。

飯塚さんの基準は、もっとシンプルでした。

「1万枚以上メモがあるのに全く困ってないと。……見つかっちゃえばいいんですよね」

飯塚浩也さん — 2:31〜

見つかればいい。基準がここまで下がると、やることが一気に減ります。飯塚さんが1万枚を抱えて平気なのは、置き場所を管理していないからです。拍子抜けした。私は飯塚さんの何分の一かの枚数で重くなっていて、その理由が枚数ではなく管理の量だったと分かりました。

案外、根は深い。紙のノートも、現場も、分身AIとの対話も、出した瞬間に私の役目は終わっています。それなのに母艦の中だけ、出したあとにもう一度手をかけていました。それだけだ。同じ「外に出す」動作の3つのうち、1つだけ二度手間にしていたわけです。役目が終わった作業に手を戻すのは、たいてい不安からです。並べておけば後で困らない気がする。でも実際に困らなくなるのは、並べたときではなく、探せたときでした。

それに尽きる。検索で確かめる:思い出せるメモを一つ選び、いつも使う言葉で検索してください。1回で出てこなかったら、そのメモが今日の修正対象です。

「1本を完璧に作ってから仕組み化する」——私の量産の型と、豆腐の話

完成品より素材化・豆腐の話

私が量産について出した結論は、1本を完璧に作ってから仕組み化する、というものです。その1本目に残すのは、表面の文体ではありません。単純な話だ。なぜそう判断したのかという理由と、判断の軸と、価値観と、それに紐づく体験のストーリーです。この4つが入っていれば、後から何本でも生やせる。逆に、仕上がった記事そのものをコピーすると、次の記事は劣化版にしかなりません。分身AIが書いた自己紹介から「俺」が消えていた日——量産の前に1本だけ仕上げ切る理由を書いたのも、この結論からでした。

妙な偶然だ。この結論と、メモの大きさについての飯塚さんの例えが、そのまま重なりました。

「麻婆豆腐だと料理ができすぎちゃってるので、それを他の場所で使い回すことって難しいですよね。でも麻婆豆腐じゃなくて豆腐サイズだったら、いろんな料理に使うことができると」

飯塚浩也さん — 6:50〜

飯塚さんの言葉で言えば、私が残そうとしているのは豆腐で、コピーしてはいけないのが麻婆豆腐です。完成品は、その味付けが完成しているぶん、次に使えない。だから完成品からもう一度、素材の状態へ切り戻す作業がいる。ただ、私と飯塚さんで違う点もあります。飯塚さんは切り分ける基準を「使い回せるか」に置いています。そこが違いだ。私は「魂が薄まらないか」に置いています。効率のための分解と、濃さを守るための分解では、切る場所が変わります。

単純な理屈だ。実家の惣菜屋では、素材のまま出す料理と、仕込みを重ねた料理の両方を扱っていました。豆腐は素材のまま出しても様になるけれど、それは仕込みがいらないという意味ではありません。切り方一つで、次にどの料理へ回せるかが変わる。母艦のメモも同じで、豆腐サイズに揃えるところまでが仕込みで、そこから先の料理はAIに任せていい範囲だと考えています。

それだけだ。一枚を切る:長すぎるメモを1枚選び、その中から「他の場面でも使いたい部分」だけを別のメモに切り出してください。元のメモにはリンクを残します。

「発信は、自分に戻ってくる鏡だった」——一文字のずれが曇らせるもの

一文字のずれで鏡は曇る

私にとって発信は、完成した自分を人に見せる出口ではありません。発信するから自分が見える、という順番のほうが強い。自分のブログを読み返すことも、紙に書いたものを見ることも、内から湧いたエネルギーを自分へ返してくる鏡になります。検索でヒットしないメモというのは、鏡としても働いていない状態です。書いた本人が、自分の言葉で自分の過去に触れられない。

この動画がいいのは、実演の途中で飯塚さん自身が失敗するところでした。

「6、7割になっちゃってると。……だからヒットしなかったんですよ」

飯塚浩也さん — 10:18〜

いつも「6割」と言っているのに、メモのタイトルには「6-7割」と書いてあった。だから自分の言葉で探せなかった。もう一枚は、数字が全角になっていたせいで出てこなかったそうです。飯塚さんの「6-7割」は、たった一文字の違いです。地味に痛い。でもその一文字が、鏡を曇らせていました。私の母艦にも、同じ種類の曇りが何百枚とあるはずです。正確に書こうとするほど、自分の口癖から離れていく。皮肉なことに、いちばん自分らしくない書き方で残したメモほど、後から自分のもとへ戻ってこなくなるわけです。AIは記録庫じゃなく鏡だった、という話を書いたときの感覚が、この10分で裏づけを得た気がしました。妙に納得した。

言葉をそろえる:さっき見つからなかったメモのタイトルに、あなたが普段そのメモを呼ぶときの言い方を足してください。半角と全角も、そのときそろえます。

「片づいてはいなかった、私が帰る家」——整頓と整理の違い

整頓と整理の違い

会社が本当に大変だった時期に、私は実家へ帰っています。そこにあったのは、おいしいごはんと、風呂と、飯と、布団と、愛のある家でした。風呂も飯も布団もある。それだけのことが幸せだと身体に染みて、ほっとして、前を向けた。あのとき問題を解決してもらったわけではありません。会社の状況も、数字も、そのままでした。それでも身体がほっとして、自分から前を向けた。実家は、片づいた家ではありませんでした。物は多いし、台所は使い込まれていて、綺麗さっぱりとはほど遠い。それでも、必要なものはすぐ出てくる家でした。

動画の終盤、飯塚さんが整理と整頓を分けて定義する場面がありました。そこが核心だ。

「整頓っていうのは部屋の中がもう綺麗さっぱり整ってる。でもあれどこ行ったっけって探す時に困っちゃう状態。……一方で整理されてるっていうのは、部屋は汚いかもしれない、でも探し物がすぐ見つかる」

飯塚浩也さん — 17:04〜

飯塚さんの言い方を借りるなら、実家は整頓ではなく整理された場所だったんだと思います。整った場所は人を緊張させる。散らかっていても勝手が分かる場所は、人をほっとさせる。第2の脳をどっちに寄せるかは、作業効率だけの問題ではないと思いました。

単純な話だ。母艦を人に見せるとき、私はどうしても整頓されたスクリーンショットを見せたくなります。フォルダが綺麗に並んでいるほうが、仕事ができているように見えるからです。それだけだ。でも、実際に自分が助かっているのは、散らかったままでも欲しい情報が10秒で出てくる状態のほうでした。見せるための母艦と、使うための母艦は、目指す形がそもそも違ったんだと思います。そこに尽きる。どちらか一方しか作れないなら、私は迷わず使うための母艦を選びます。

寄せ方を決める:あなたのメモ環境を「見た目重視」と「探せる重視」のどちらに寄せるか、今日ひとつ決めてください。地味だけど大事だ。決めた言葉をメモの1枚目に書いておきます。

「脂肪は財宝、という私の言い方」——死蔵を許すという考え方

死蔵メモは未来の財宝

私が長く使ってきた言葉に「脂肪は財宝」というのがあります。体重が134kgあった頃、あの脂肪は恥でしかありませんでした。でも落とし切った今になって、あれが私の話のいちばん強い部分になっている。悪いことこそ宝物、という言い方も同じところから来ています。死蔵されたメモは、その時点では脂肪だ。容量を食うだけで、何の役にも立たないなんて……そのときは思っていた。正直、すぐには財宝に変わらない。私の経験では、脂肪が財宝に変わるまでに数年単位の時間がかかりました。

最後に飯塚さんが、なぜ全部を整理しなくていいのかを数字で説明する場面がありました。

「何度も何度も出てくるメモっていうのは、……メモの中の2割しかない。残り8割は1回も出てこない。もしくはせいぜい出ても1回ぐらい」

飯塚浩也さん — 19:31〜

でね、数字で見るとおもしろい。飯塚さんが8割を許す理由は、パフォーマンスの効率です。2割に手をかけたほうが全体が良くなるという、はっきりした計算がある。私が8割を許したい理由は、そこじゃない。今いらないものが後で財宝になった経験を、自分の身体でしているからです。理由が違うぶん、私は消さない側に振り切れます。

効率で考える人と、時間差で考える人とでは、同じ「8割は触らない」という結論でも、判断の重さが違う。……我ながら、ここはちょっと極端だと思う。飯塚さんの理由は今日から使えます。私の理由は、体重が半分になるくらいの年数を待たないと確かめられません。だから私は、死蔵という言葉を聞いても不安にならない。今日役に立たないメモを、私はまだ財宝になる前の段階として見ています。焦って消すのは、財宝になる手前で捨てるのと同じことです。

ぶっちゃけ、ここは考えるより先に手を動かした方が早い。2割を選ぶ:この1か月で3回以上使ったメモを、思い出せるだけ書き出してください。それがあなたの2割です。次に手を入れるのは、そこだけにする。

よくある質問(FAQ)

Obsidianでフォルダを使ってはいけないのですか?

動画では、フォルダを禁止するのではなく必要最小限でいい、と語られています。フォルダを主な整理術にすると別のメモアプリと同じ状態になって破綻する、という指摘でした。代わりに勧められているのが、タイトルの調整・別名・リンクです。

メモが見つからないとき、何から直せばいいですか?

動画の実演では、自分が普段使う言い方とタイトルの言葉がずれていたこと、数字が全角と半角で違っていたことが原因でした。まずタイトルに、自分がそのメモを思い出すときの言葉を入れる、という順番が示されています。

すべてのメモを整理する必要はありますか?

何度も使われるメモは全体の2割程度で、残りは一度も使われないこともある、と語られています。全部を平均的に整理しようとすると破綻するため、よく使う2割に絞って手を入れる、という考え方が紹介されていました。

まとめ|答え合わせは、母艦の運用ルールへ動かす

この18分をノートアプリの操作解説として見ると、覚えることはタイトル・別名・リンクの3つだけです。私が持ち帰ったのは、その手前にある基準が、私がすでに知っていたもの——紙のノートの「汚くていい」、実家の「片づいてないのに安心する」、脂肪は財宝——と、ほとんど同じ形をしていたという確認でした。整理とは、しまう場所を作ることではない。探し物が見つかる状態を作ることです。

私がこの動画を見終えて実際に変えるのは、母艦の中で自分がやってきた「並べる作業」です。並べるのをやめて、いつも自分が使う言い方をタイトルに足す作業へ差し替える。紙のノートでは最初から諦めていた完璧を、デジタルでも諦める。散らかった机のまま、探し物が出てくる状態を目指します。整頓と整理をずっと取り違えていたのは、この記事のタイトルに書いた通り、ほかでもない、この私自身だったというわけです。Obsidianの掃除術は、道具の操作手順ではなかった。私が自分の役割をどこで勘違いしていたかを、教えてくれる鏡でした。

COLUMN

ひろくんコラム ― 冷蔵庫を開けたときに、何が出てくるか

冷蔵庫を開けたときに何が出てくるか

整理と整頓の違いを聞いてから、私はずっと自分の冷蔵庫のことを考えています。あそこは、私の家でいちばん整理と整頓が分かれる場所だからです。

料理で言うと、整頓された冷蔵庫は、同じ容器に詰め替えて、ラベルを貼って、段ごとに揃っている状態だ。写真に撮ると気持ちいい。でも作る側の実感で言うと、あれは使いにくいことがあります。何が入っているかはラベルを読まないと分からないし、詰め替えたぶん、いつ買ったかが消えるからです。

私の冷蔵庫は、正直そこまで整っていない。買い出しから帰って、袋のまま突っ込んである日もあります。それでも夕飯を作るときに困らないのは、どこに何があるかを手が覚えているからです。飯塚さんの言う整理は、この状態のことだと思った。

抱え込みOSでいた頃の私は、ラベルを貼る側の人間でした。全部を自分の管理下に置きたくて、置き場所を決めて、決めたルールを自分で守れなくなって、また作り直す。委ねるOSに切り替えるというのは、ラベルを貼るのをやめて、代わりに探し方を共有することです。私の冷蔵庫が家族に使えるのは、私がラベルを貼ったからではなく、「野菜は下、開けたら手前から」と口で言ってあるからでした。

ちなみに、この記事の下書きを読んだAI秘書の凛ちゃんには「ひろくん、母艦のフォルダ、また増えてるよ」と言われた。整理の話を書きながら、私はまだ整頓していたわけです。

テーマ【保存版】Obsidianで作る「第2の脳」の正しいお掃除術
出演飯塚浩也さん/しゅうとくん(聞き手)
チャンネル飯塚浩也 | Obsidianでつくる最強の右腕で動画を見る

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この記事はAIツール(Claude Code)を活用して制作しています。構成・文章生成・画像制作にAIを使用し、最終的な内容の確認・編集・公開判断はひろくん(田中啓之)本人が行っています。「分身AIひろくん」(bunshin-ai.com)とは別のコンテンツです。

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