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アンソニー・デ・メロの本アウェアネスが禁書と呼ばれ、起業家に贈られる理由

2026.10.20

家事と子育てのスキマで経営する3方よしAI共創コンサルタントの田中啓之、ひろくん(@passion_tanaka)です。今回は、YouTube のチャンネル Matt Diggity Coaching で、Matt Diggity さんが、バチカンが再版を止めるよう通達した本を、自分の燃え尽きの体験を重ねて解説した動画を紹介します。

仕事は回っているのに、心が休まらない。肩書きや数字や人づきあいを、手放したいのに手放せない。そんな個人事業主や、小さな会社の経営者に向けて書きました。英語の動画を通しで見る時間がない人にも、読んでほしいと思っています。

約13分の英語の動画です。Matt Diggityさんが、アンソニー・デ・メロの本を、自分の仕事と燃え尽きの体験で試しながら、考え方を順に話します。自分がやっていることを、自分そのものにしない。感情は状況でなく、自分の中にある。必要としているものは、必要ではない。最後は、試着して残す、愛着は消さない、で締めくくられます。

読み終えると、動画の筋道を順に追えます。手放したいものの前で、必要としているのか、好きなのか。その問いを、自分に向けられるはずです。その横に、私ならこう見る、を添えました。

SPEAKER

Matt Diggityさん

この動画に出演する、ただ一人の人物です。SEO(検索結果で上位に表示させるための工夫)の会社を15年経営してきた起業家で、2023年の燃え尽きをきっかけに内面と向き合ってきました。この動画では、アンソニー・デ・メロの本、アウェアネスを、自分の体験を交えて一人で解説します。

3行でわかるポイント

  1. Matt Diggityさんは、デ・メロの目覚めのテストを、欲しがらなくなることではなく、必要としなくなること、と紹介します。(第1章・第2章へ)
  2. 本の考え方は、まず、自分がやっていることを自分にしない。次に、感情は自分の中にある。最後に、必要としているものは必要ではない。(第3章・第4章へ)
  3. 私なら、感情は消さずに置き、必要としているものに気づいたうえで、残すものは、ワクワクするかで選びます。(第5章へ)

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01

アンソニー・デ・メロの禁書が、起業家に贈られる理由

▲目次
図解: 左は満席なら別の店へ向かう欲しい、右は満席で夜が台なしになる必要。同じ店、同じ答え、違う夜
図解: 欲しいと必要は違う
動画キャプチャ: 黒い背景に、赤い文字の stop wanting things と、緑の文字の stop needing them が上下に並んだ場面(3:25頃)
動画キャプチャ: 欲しがるのをやめるのではなく、必要としなくなる、を示した場面(3:25頃)

1998年、書店から引き上げられようとした本があります。それが今、成功した起業家たちの手から手へ、贈り物として渡っています。なぜ、禁じられかけた一冊が、仕事のうまくいっている人に選ばれるのでしょう?

動画は、1998年にバチカンがこの本を書店から引き上げようとした、と話します。公式の通達で、カトリック信仰と両立しないとして、世界の司教たちに再版を止めるよう求めた、という話です。

皮肉なのは、書いたのが司祭だったこと。その同じ本が今、成功した起業家に勧められ、贈られています。本の前提は、人は本当は幸せになりたくない、という告発だと、Mattさんは紹介します。

デ・メロの主張は、人は眠っている、というもの。怒りや不満のほとんどは、実際に起きたことではなく、頭の中の物語から来ます。目覚めるには物語を手放す必要があるので、人は目覚めない、という運びです。

Matt Diggityさんは、この本を複数回読んだ一人。ここ5年で最も居心地が悪く、それでいて最も深い本だ、と評します。

推薦者の名前も挙がります。Tim Ferriss さんは50回以上贈り、来客用の寝室の棚に予備を置いている、と動画は紹介します。

Mattさん自身は、15年で事業を築き、2023年に燃え尽きました。そこから内面作業に2年。セラピスト、瞑想、日記、そして本54冊です。この本はそのトップ5に入り、4回読み終えた、と話します。

推薦者は全員、読め、ではなく、繰り返し読め、と言ったそうです。読むたびに、別の箇所が自分に向く。

目覚めの定義は、デ・メロにも言えない、と動画は話します。何でないか、でしか語れません。ただしテストはあります。幸せが、特定の何かの成り行きに依存しなくなった時。欲しがらなくなることではなく、必要としなくなること、です。

例は、レストランの席。満席でも、席があればいいな、と思う人は、肩をすくめて別の店へ行きます。席がなければ困る、と思う人は、その夜が台なしになります。

Matt Diggityさん(動画の中で・3:27〜)

レストランに席があればいいな、と思っているとする。満席なら肩をすくめて、別の店へ行く。でも、そのレストランに席がなければ困る、と思っているとする。満席と言われたとたん、その夜が丸ごと台なしになる。同じレストラン、同じ答えなのに、まったく違う夜になる。

原文: you want the restaurant to have a table they’re full you shrug you go somewhere else you need the restaurant to have a table they’re full and now your whole night is ruined same restaurant same answer completely different evening

読み方の注意もあります。この本は、1986年にニューヨークのリトリートで、司祭が人々に語ったものを、誰かが録音したもの。哲学なので、主観的。試着して、役に立つものを残し、残りは捨てる、とMattさんは言います。

欲しがるのをやめる話ではありません。必要としていないかを、見る話。

満席の店の前で夜が台なしになるのは、席が足りないからではありません。その席がなければ夜が成り立たない、と決めていたから。

幸せの条件も、同じ形で確かめられると私は見ています。手に入ったら幸せ、ではなく、手に入らなくても崩れないか。

これがないと困る、と思っているものは何でしょう?それが手に入らなかった夜を想像すると、答えは案外早く出ます。

私なら、幸せの条件を、手に入れたいものでなく、手に入らなくても崩れないかで確かめます。

02

自分がやっていることを、自分そのものにしない

▲目次
図解: 左は私は、〇〇の札を石に結んだ絵、右は取り上げられても自分の札。困るなら、言葉が自分を動かしている
図解: やっていることと自分は別
動画キャプチャ: 黒い背景に、I am a と空欄の下線だけが出た場面(6:20頃)
動画キャプチャ: 私は__、の空欄を埋める試しを示した場面(6:20頃)

苦しみの大半は、一つの思い違いから来ます。動画の本題は、この話から始まります。弁護士です、柔術をやっています。そう名乗る時、その言葉は自分の何を指しているのでしょう?

Matt Diggityさんは、デ・メロの最初の考え方を、自分はラベルではない、と紹介します。

Matt Diggityさん(動画の中で・4:02〜)

最初の主張は、苦しみの大半は一つの思い違いから来る、というものだ。自分がやっていることを、自分そのものにしてしまう。

原文: first claim is that most of your suffering comes from one mistake you take something you do and you turn it into something you are

例に挙がるのは、私は弁護士、グループのお笑い担当、柔術の人、という名乗り。そう言った瞬間から、それが崩れる可能性を、静かに恐れ続ける、と動画は話します。

Mattさん自身の例は、15年間の Mr SEO です。今もSEO会社を持ち、仕事も好き。ただ、承認や期待や義務、常にオンでいる状態は、欲しくなくなったそうです。

それでも、抵抗は巨大でした。誰になるのか。まだ連絡は来るのか。無関係になるのか。SEOの友達と何を話すのか。実務でも、自分が出なくなったら、事業や従業員、パートナーに響くのでは、と頭が言います。

Matt Diggityさん(動画の中で・5:05〜)

それこそ、内側から聞こえる執着の声だ。執着はいつも、もっともらしい理屈をまとって現れる。

原文: that’s exactly what attachment sounds like from the inside it always shows up wearing a good argument

愛着が露わになった例も、Mattさんは話します。毎日、見知らぬ人から約50件のDMが来て、文句を言っていたそうです。それが今は5件で、どこかで50件を恋しがっている自分がいる、と話します。

愛着を認めない限り、幸せは愛着の人質のまま、というのがデ・メロの要点です。

画面には、デ・メロの言葉のテロップ。自我は、認められ価値を与えられる場所を見つけたので、静かには手放さない、という意味の言葉です。

試し方は、私は__、と声に出して、その言葉が明日取り上げられたらどうなるかを問うこと。平気なら、ただの記述です。自分が誰か分からないなら、それは記述ではなくアイデンティティで、自分を動かしている、と動画は続けます。

肩書きを持つこと自体は、問題ではありません。困るのは、外された途端に、自分が誰か分からなくなる場合。

手放せない理由は、たいてい立派な顔をしてやって来ます。事業に響きます。人に迷惑がかかります。どれも、筋は通っているんです。

でも、理屈が立派なほど、その奥の愛着は見えにくくなる、と私は見ています。理屈と言い合うより、明日それを取り上げられたらどうか、を自分に問うほうが早い。

名刺の肩書きを一つ、頭の中で消してみてください。残った自分を、名前で呼べますか?

平気なら、それはただの説明書き。ざわつくなら、そこに自分を動かしているものがあります。

明日それを取り上げられても、自分でいられるでしょうか。

03

感情は状況ではなく、自分の中にある

▲目次
図解: 左は状況を変えた空の和室、右は感情は付いてくる、の赤い渦。名づけて、直さずに見る
図解: 感情は状況ではなく自分の中にある
動画キャプチャ: 4 Steps の見出しの下に、感情への四つの手順が白い文字で並んだ場面(8:48頃)
動画キャプチャ: 感情への四つの手順を示した場面(8:48頃)

忙しさが減れば、気持ちも軽くなります。そう考えたくなりますよね。ストレスには本物の原因がある、と思うからです。では、原因を取り除いたのに、同じ気持ちが残ったらどうでしょう?二つ目の考え方は、そこを扱います。

Matt Diggityさんは、二つ目の考え方を、最も抵抗したものだと話します。自分のストレスには本物の原因があります。それを否定されたように感じて、最初は逃げの理屈だと思ったそうです。

2021年11月の初読で、ノートに書き出した否定的な感情は、時間がない、急いでいる、疲れた、苛立ち、罪悪感。当時は5つの事業を同時に動かしていて、効いていたのは家族との時間が取れないことでした。

話はその後の数年へ。外注と仕組み化を進め、事業の中ではなく、上で働く形に変えました。そして2025年7月に読み直し、同じ演習をしました。

出てきたのは、怠け、罪悪感、疲れ。原因は取り除いたのに、感情は残りました。予定が空いても止まらず、自由時間を非生産的だと感じて、罪悪感を覚えた、という話。画面には、その二つの言葉が黒い背景に出ます。

Matt Diggityさん(動画の中で・7:42〜)

これが彼の言う意味だ。状況はいくら変えてもいい。でも、感情が自分の中にあるなら、感情は一緒についてくる。

原文: this is what he means change the situation all you want if the feeling is in you it comes with you

Mattさんは、同じページ、同じ演習が、4年違いでまったく別の体験になった、と振り返ります。

実用のコツは、私は動揺している、ではなく、それは動揺している、と言うこと。画面には、三人称で自分を指すと最初の1秒以内に感情の反応が減る、という研究の論文が出ます。

Matt Diggityさん(動画の中で・8:14〜)

何かを抑え込んでいるわけではない。ただ、その感情が自分そのものになるのを許さないだけだ。

原文: you’re not suppressing anything you’re just refusing to let the feeling become you

ただし、力みすぎないこと。リラックスしようとして緊張する人は、眠ろうとして眠れなくなる人と同じだ、とMattさんは話します。デ・メロ自身も、そこに警告を置いているそうです。

実践は、四つの手順を千回繰り返して、自分のものにすること。感情に名前を付けます。状況ではなく自分の中にあると認めます。私で呼ぶのをやめます。直そうとせず、見ます。

原因を取り除いても、感情は付いてきます。置き場所が自分の中にあるからです。

港区のお祭りに、家族で出かけた帰り道のことです。息子が風船で殴ってきました。イライラして、その風船を割ってしまった、と夜の振り返りに書いています。

そこに書いた捉え方は、いかりも必要。少し離れた目線からは、全ては愛。その日の感謝は、まつり、でした。

私は、結果は結果、執着しない、けれど感情は感情、と整理しています。結果と感情を、同じ扱いにしない整理。

手放すことと感じないことを分ける話は、結果への執着を手放しても感情は消さなくていい、という考え方を書いた魂磨きの記事でも書きました。その記事には、次の一文があります。

私の記事より(結果を手放しても感情は消さなくていい、と書いた魂磨きの記事・手放すことと感じないことを分ける節)

握るのは、自分の手です。結果は握れます。でも気持ちは、握るものというより、向こうから届くものです。

動画が話すのは、感情は状況でなく自分の中にある、ということ。私は、そこに一つだけ足します。結果は自分の手で握れますが、気持ちは握るものではなく、向こうから届くもの。だから、届いたものを消そうとせず、届いたと認めるところから始めます。

感情は、結果とは別の行に置きます。

04

必要としているものと、好きなものを分ける

▲目次
図解: 左は管理して勝ち取り続ける必要の鍵付きの箱、右は自由にして会いたいから会う好みの開いた窓。気にかけるのをやめるのではない
図解: 必要を好みに変える
動画キャプチャ: Concept #3 の題と、You Don't Need What You Think You Need の文字が出た場面(8:52頃)
動画キャプチャ: 三つ目の考え方の題が出た場面(8:52頃)

大切な人を思う気持ち。それは本当に好きだからでしょうか?それとも、いないと自分が崩れるからでしょうか?愛と呼んでいるものの大半は、実は必要なのでは。三つ目の考え方は、ここに踏み込みます。

三つ目の考え方は、自分が必要と思っているものは、必要ではない、というもの。デ・メロは、愛と呼ぶものの大半は必要だ、と言います。

自分を幸せにするために、この人が必要だとします。すると、その人を使い、管理し、勝ち取り続けることになります。相手を自由にさせられない、という話です。

例に出るのは、パートナーが週末に友人と出かける場面。必要としているかどうかで、送り出したあとの過ごし方が変わります。

Matt Diggityさん(動画の中で・9:08〜)

必要としていなければ、楽しんでおいで、で終わる。必要としていれば、楽しんでおいで、と言ったあと、週末じゅう携帯を見続ける。それを束縛とは呼ばない。思いやりと呼ぶだろう。

原文: if you don’t need them you say have fun done if you need them you say have fun and then check your phone all weekend and you’d never call that controlling you’d call that caring

次は、手放しの演習。この人なしでは幸せになれない、と思う人を一人思い浮かべ、その人に向けて、幸せになるために必要としていない、と声に出して言います。

Matt Diggityさんの実例は、タイのチェンマイ。親しい友人が相次いで引っ越し、頭は、自分に問題があるのか、置いていかれるのか、と反応しました。実際は、人が引っ越しただけです。

根は子ども時代に。転校が多く、いつも外側の新入りで、承認への執着が大人になっても残りました。15年間、1日50件のDMが来た仕事も、受け入れられない恐れへの、よい解決策だったのだろう、と話します。

傷んだのは、友人の転出ではなく、30年来のパターン。演習をしたら、古い何かが癒えるように感じた、とMattさんは話します。

Matt Diggityさん(動画の中で・10:38〜)

友人を気にかけなくなったわけではない。必要としなくなっただけだ。そして実際に、友情は良くなった。

原文: I didn’t stop caring about friends I just stopped needing them and genuinely the friendships got better

誤読への注意もあります。関心をなくしたわけではなく、必要としなくなっただけ。友情は良くなり、関心でつながれる範囲も広がりました。

実践は、一人選んで、必要ない、の文を全部声に出し、何が反発するかに気づくこと。何も出なければ好み。内側がすぐに交渉を始めたら、愛着を見つけた、ということです。

必要なのか、好きなのか。境目は、失った時の崩れ方。

好みなら、なくても次へ進めます。必要なら、自分ごと崩れます。違いは、そこに出ます。

私は、人の可能性に関わる時の自分を、原石を発掘して輝かせたい、輝いたあとは手放したい、と言葉にしたことがあります。

結果を握らずに人と関わる話は、結果を握らずに人と関わる考え方を書いた魂磨きの記事でも書きました。その記事には、次の一文があります。

私の記事より(原石を輝かせたい、輝いたあとは手放したい、と書いた魂磨きの記事・全部自分で持つ節)

抱え込みに変わる境界は、結果を自分で所有し、自分の手で完成させなければならないと執着した時です。

動画が分けているのは、人を好きで関わるのか、その人がいないと崩れるから関わるのか、の違いです。この一文が言うのは、その隣の違い。関わることが抱え込みに変わるのは、人でなく、結果を自分の手で完成させなければ、と握った時。

関わるのは好みで選びます。必要になった時を、境目として見ます。

05

試着して残す。愛着を消さず、ふりを続けられなくする

▲目次
図解: 試着する、残す役に立つもの、ふりをやめる、の三つ。愛着は消えない
図解: 試着して残すものを選ぶ
動画キャプチャ: 机の上に立てたアンソニー・デ・メロの本アウェアネスの表紙が映った場面(12:15頃)
動画キャプチャ: アンソニー・デ・メロの本アウェアネスの表紙が映った場面(12:15頃)

ここまでの考え方を、全部そのまま受け入れる必要はあるのでしょうか?最後の章は、本と分かれる点と、新しいチャンネルを始めた理由の話。

Matt Diggityさんは、デ・メロと分かれる点も話します。デ・メロは、健康な子どもは物に興味を持ち、病的な子どもは人の周りをうろつく、と書きました。

Mattさんには子どもが二人います。一人は人との会話が大好きで、もう一人はクレーンやトラックや自転車が好き。同じ家、同じ親でも、生まれつきの配線がまったく違う、と話します。デ・メロの基準なら、片方の子が病的と呼ばれてしまう。これは過度な一般化だ、という見立てです。

デ・メロは司祭でありセラピストで、研究者ではありません。事実確認を受けたことのない人のように書くことがある、と評します。

Matt Diggityさん(動画の中で・11:42〜)

だから、彼が読んでほしいと言う読み方で読めばいい。試着してみて、役に立つものは残し、残りは捨てる。彼は聖典ではない。

原文: so read him the way he tells you to read him try it on keep what works throw out the rest he’s not scripture

ここで、その点ではバチカンと意見が一致する、という軽口も。

結びでは、燃え尽きの原因の一つを明かします。別のチャンネルで週1本、全台本を自分で書いていたこと。自分で書かないと自分の声にならない、と感じていて、1本に5〜6時間かかっていました。創造のエネルギーをすべて使い、本当に好きなことには何も残らなかった、と振り返ります。

それでも新しいチャンネルを始めたのは、この本が人生を変えたと思い、考え方を広めたいから。消えるのが怖い、という自我の小さな部分もあります。それを自覚して始めた、と話します。

考え方を広めたい気持ちと、消えるのが怖い気持ち。Mattさんは、その両方が自分の中にある、とそのまま認めています。

総括は、この本は愛着を消さない、というもの。愛着などないふりを続けることを、できなくするだけです。

Matt Diggityさん(動画の中で・12:30〜)

この本は、愛着を消してはくれない。愛着などないふりを続けることを、不可能にするだけだ。

原文: it doesn’t get rid of your attachments it just makes it impossible to keep pretending you don’t have them

話は冒頭へ戻ります。本当は幸せになりたくない、の意味は、幸せは欲しいが、幸せを妨げている愛着を一つも手放したくない、ということ。

試着して残す。この読み方が、この動画の誠実さです。

消すのではなく、ふりをやめます。私は、そこに軸を置いて読んでいます。

愛着などないふりをやめると、弱いところも外に出せます。治療中のしんどさを周りの人に伝えたことについて、私は、人に伝えることで共感されたり、メタな自分でより自分も見える、と答えました。この経験は、当たり前の愛や感謝に気づけるきっかけにもなる、とも。

私なら、試着して残すものを、ワクワクするかで選びます。

FAQ

よくある質問

▲目次

Q. この本は、なぜ禁書と呼ばれるのですか。

A. 動画によると、1998年にバチカンが書店から引き上げようとし、公式の通達で、再版を止めるよう世界の司教たちに求めたからです。書いたのは、カトリックの司祭でした。

Q. 目覚めるとは、欲しがらなくなることですか。

A. Matt Diggityさんは、欲しがらなくなることではなく、必要としなくなること、と話します。幸せが、特定の何かの成り行きに依存しなくなった時。それが目覚めのテストです。

Q. 感情は、消さなくてはいけませんか。

A. 消すのではなく、感情を自分そのものにしない、という話です。私は動揺している、ではなく、それは動揺している、と言い換える形。抑え込まずに、ただ見ます。

Q. 必要としなくなると、人との関係は冷たくなりますか。

A. Matt Diggityさんは、友人を気にかけなくなったのではなく、必要としなくなっただけ、と話します。その結果、友情はかえって良くなった、と続けていました。

Q. この本の考え方は、全部受け入れるものですか。

A. 試着して、役に立つものを残し、残りは捨てる読み方です。聖典ではない、とMatt Diggityさんも話します。アンソニー・デ・メロ自身が勧める読み方。

MATOME

まとめ。必要としなくなる、という目覚め方

▲目次

禁書と呼ばれた本の紹介から始まり、目覚めのテスト、自分がやっていることを自分にしない、感情は自分の中にある、必要としているものは必要ではない、試着して残す、の順に進む動画です。

私が持ち帰ったのは、幸せの条件を、手に入らなくても崩れないかで確かめること。感情は消さずに、そのまま置くこと。必要になった時を境目として見ること。

試着して何を残すかの物差しは、ワクワクするかどうか。

手放せないものを一つ選び、明日取り上げられても自分でいられるかを、紙に書いてみてください。書く手が止まるなら必要としているもの、すぐ書けるなら好きなものです。

COLUMN

手放す前に、抱え込んでいることに気づく

図解: 仕事の箱を抱えたひろくんと、抱え込む癖、気づく、手放してよい、の三枚の札
図解: 手放す前に、抱え込みに気づく

Matt Diggityさんの動画は、この本は愛着を消さない、愛着などないふりを続けられなくするだけ、という言葉で締めくくられました。手放す話は、その先です。その手前に、自分が何を抱え込んでいるかに気づく段があります。

抱え込んでいたことに気づいた話は、前から家族第一だったのに抱え込んでいた、その理由に気づいた日を書いた魂磨きの記事でも書きました。その記事には、次の一文があります。

私の記事より(前から家族第一だった、と書いた魂磨きの記事・言い直した物語の節)

前から家族第一だった。けど仕事を抱える癖で抱え込んでた。手放したら本当に大切な人やコトがもえた

引用のとおり、家族第一は前からありました。それなのに、仕事を抱える癖で、抱え込んでいたんです。抱え込まず手放してよいことは、手術や入院で、物理的な強制断捨離になって気づきました。

動画の、ふりをやめる、と並べて読むと、その手前の段が見えてきます。手放すと決める前に、抱え込んでいるものを、見える形にしておく段。気づく前に手放そうとすると、手放したふりになりやすいんです。抱えたまま、平気な顔。だから順番は、気づくのが先。気づいた後なら、手放すかどうかを、落ち着いて選べます。気づく前に手放そうとすると、抱え込む場所が変わるだけになりやすい、と私は見ています。

私なら、手放すと決める前に、抱え込んでいるものを、1つずつ数えます。

LINK

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REF

参考リンク

今回紹介した動画

チャンネルMatt Diggity Coaching
出演Matt Diggityさん
公開日2026年9月30日
長さ12分58秒(英語)
URLhttps://www.youtube.com/watch?v=ss-yjjudCEM

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