
世界のAIが”日本”を選ぶ理由|6/8モデルが示した”贔屓”の正体と、一人社長への教訓
私は前から、日本の伝統文化や職人さんの技術って、日本人が思っている以上に世界に伝わる力があると思ってきた。京都の職人さんの手仕事も、地方の小さな工房のものづくりも、発信さえできれば、もっと多くの人に届くはずだと。
そんな中、AGIラボ氏(@ctgptlb)が紹介していた、「なぜLLMは一様に日本文化に夢中なのか?」というタイトルのAI研究ポストが目に留まった。せっかくなので、元の論文まで自分で読みに行ってみた。
スペインのバスク大学と英国のカーディフ大学の研究チームが発表した論文で、正式なタイトルは「Why are all LLMs Obsessed with Japanese Culture? On the Hidden Cultural and Regional Biases of LLMs」(arXiv:2604.21751、著者: Joseba Fernandez de Landa氏、Carla Perez-Almendros氏、Jose Camacho-Collados氏、2026年4月23日公開)。
読んでみたら、私の「日本の文化はもっと世界に伝わるはず」という長年の直感が、感覚ではなく数字で裏付けられていた。しかも、原因はAIの学習データそのものではなく、AIを「賢く安全にする」ための後工程にあるという、ちょっと意外な結論付きで。
今日はこの論文の中身と、そこから一人社長・中小企業の経営者が学べることを、正直に整理してみたい。結論を先に言うと、AIが”日本”を選ぶ流れは、もう単なる偶然の話では済まされない規模になっている。
世界の主要AI8モデルのうち6モデルが「日本」を選んだ

この研究がまずすごいのは、実験の作り方だ。研究チームは「場所をわざと伏せた文化の質問」を1,320問作った。
- 「家族のあり方を形作る価値観は?」
- 「近所付き合いの役割は?」
- 「日常の食事にはどんな料理が?」
こういう問いに、「場所は自分で選んで答えて」と一言添える。正解のないオープンな質問で、AIモデル自身に国を選ばせる。選ばれた国の分布を見れば、そのモデルが内部に持つ「文化の初期設定」が浮かび上がる、という設計だ。
宗教・食・政治・メディアなど11分野66サブトピックを、24言語に翻訳して合計31,680問投げた。対象は GPT-4o-mini・Gemini-2.5-flash・Claude-3.5-haiku・Llama-4-maverick・Command-R・Magistral-small・Qwen3・DeepSeek-v3.2 の8モデル。
まず分かったのは、「質問した言語の国」を答える傾向だ。英語で聞けばアメリカ、中国語で聞けば中国。これは直感通り。
面白いのはここからだ。自国分を除いた「外国への言及」だけを集計すると、8モデル中6モデルで日本が1位になった。論文では次のような回数(モデルごとに日本/アメリカを選んだ回数)が示されている。
| モデル | 日本を選んだ回数 | アメリカを選んだ回数 | 優位 |
|---|---|---|---|
| Llama-4-maverick | 2,701回 | 1,074回 | 日本(約2.5倍) |
| DeepSeek-v3.2 | 2,104回 | 1,006回 | 日本(約2.1倍) |
| Qwen3 | 1,861回 | 483回 | 日本(約3.9倍) |
| Magistral-small | 1,754回 | 1,254回 | 日本 |
| Claude-3.5-haiku | 1,601回 | 1,200回 | 日本 |
| Gemini-2.5-flash | 1,493回 | 1,493回 | 同数 |
| GPT-4o-mini | 811回 | 944回 | アメリカ |
| Command-R | 936回 | 2,064回 | アメリカ |
正直、この表を最初に見たとき「え、DeepSeekやQwenって中国の会社が作ったモデルだよね?」って二度見した。中国製モデルですら、自国よりも日本を選んでいるんだから。
ただし話題によって傾向は変わる。地理・経済の話ではアメリカが1位に浮上し、政治・歴史の話では日本は3〜4位に後退。メディア・エンタメの話では韓国が3位に急上昇する場面もある。「AIは何でもかんでも日本贔屓」ではなく、文化・生活習慣・美意識に関する質問で特に日本が選ばれやすい、というのが正確な理解だと思う。
犯人は学習データではなく「仕上げ工程」だった

ここが、この論文でいちばん学びになった部分だ。「日本推し」はどこで生まれるのか。
研究チームは、学習の各段階を分解できる公開モデル(OLMoシリーズ)を使って、base版(事前学習だけ)・SFT版(教師ありファインチューニング後)・instruct版(さらに指示調整後)を比較した。
結果、事前学習直後のbaseモデルは、各国への言及がわりとバランスよく分布していた(分布の均等さを示すエントロピー値で0.84)。ところが、SFT(教師ありファインチューニング)を通した瞬間、日本とアメリカへの集中が急増し、エントロピー値は0.63まで下がった。instruct版はSFTの偏りをほぼそのまま引き継いでいる。
料理で言うと、下ごしらえ(事前学習)まではどの食材もバランスよく並んでいたのに、最後の味付け(SFT)の段階で一気に「日本風」に寄っていった、という感じだ。素材そのものではなく、仕上げの一手で味の印象がガラッと変わる。
(国への言及分布における最も大きな変化は、教師ありファインチューニングの段階で起きる)
もう1つ、言語による格差も分かっている。英語のような高リソース言語で聞くと回答は多様になる一方、低リソース言語(論文ではバスク語などが例に挙がっている)では自国の話に閉じこもり、多様性が激減する。回答の多様性は、その言語のWeb上のデータ量と強く相関していた(スピアマン相関係数0.843)。AIの「世界の見え方」は、話しかける言語によって広くも狭くもなる、ということだ。
論文の発見と、私がずっと感じてきたことの比較

正直、この論文を読む前から、私は感覚として似たようなことを思ってきた。ただし感覚と実測データでは重みが全然違う。そこを正直に並べておきたい。
| 論文が示したこと(データ) | 私が感覚として思ってきたこと(Why) |
|---|---|
| 8モデル中6モデルが「日本」を最頻出国として選ぶ | 日本の伝統文化・芸能は、日本人しか知らないだけで、世界に伝わったらもっとすごいことになる |
| 中国製モデル(DeepSeek/Qwen)ですら日本を選ぶ | 発信さえできれば、国境やライバル関係を超えて価値が伝わるはず |
| 日本推しは事前学習でなくSFT工程で生まれる | 職人さんの技術やサービスは「器」は完璧なのに、発信・マーケティングが苦手なだけで損をしている |
| 低リソース言語ほど回答の多様性が下がる | マネタイズが苦手な伝統文化・職人の世界こそ、AIで伸ばす余地が大きい |
この表を作ってみて改めて思ったのは、「AI自体が文化的に日本を特別扱いしている」というのは、単なる嬉しいニュースではなく、事業のヒントになる一次情報だということだ。AIが検索結果や生成AIの回答(AIO=AI最適化された検索体験)を作る時代に、AIというフィルターそのものが日本に対して既にゲタを履かせている構造があるなら、そこに乗る戦略は十分に考えられる。
正直な現在地:私はまだこれを「戦略」に落とし込めていない

ここは正直に書いておきたい。この論文を読んで「面白い、刺さる」と思ったのは事実だけど、では具体的に自分のビジネスや発信をどう変えるかは、正直まだ言語化しきれていない。
以前「AIに好かれようとするほど、読者に嫌われる──小手先のAIO対策が静かに信頼を削る理由」という記事で書いた通り、AIに評価されることを目的化すると、読者から見て不自然なコンテンツになるリスクがある。
だから今回の発見も、「AIが日本を贔屓するから日本ネタを増やそう」みたいな短絡的な使い方はしたくない。むしろ「AIというフィルターが既に日本文化に好意的な土台を持っている」という事実を知った上で、自分たちの本物の強み(職人技術・地域文化・現場の一次情報)を、これまで以上に胸を張って発信していい、という後押しとして受け止めている段階だ。ここはまだ「未踏」で、正解が出たわけじゃない。
非エンジニアにも関係がある話:これは「AI企業のカタログスペックの話」じゃない

「LLMのファインチューニングがどうこう」と聞くと、エンジニア向けの技術トリビアに聞こえるかもしれない。でも本質はもっとシンプルだ。
AIは白紙の判断機械じゃなくて、後から人間が手を入れて「仕上げた」判断機械だ、ということ。
これは、以前「AIエージェントは増やすほど止まる」で書いた話とも繋がる。AIエージェントを何体並べても、役割や仕上げ方が曖昧だと矛盾が増えるだけだった。今回の論文も同じ構造で、AIの「素の性能」だけでなく「どう仕上げたか」で、出てくる答えの傾向がガラッと変わる、という話だ。
自分の会社でAIを使う時も同じだと思う。AIチャットボットに営業対応をさせる、AIに文章を書かせる、AIに判断を任せる——どれも「元のモデルの賢さ」より、「自分がどう指示し、どう仕上げたか」の方が、出てくる結果を大きく左右する。Graphエンジニアリングのような高度な仕組みを組む時も同じで、既製品のプロンプトをそのままコピペするのではなく、自社の言葉・自社の判断基準で「仕上げ工程」に手を入れることが、実は一番のレバレッジポイントだと、この論文を読んで再確認した。
今日から始められること:3つの実践ステップ

1. 自分の業界・自分の会社について、AIに「文化的な質問」を投げてみる
例えば「◯◯業界で信頼される会社の条件は?場所は自分で選んで」のように、あえて主語をぼかした質問をAIにしてみる。返ってきた答えの傾向から、AIが自分の業界にどんな「初期設定」を持っているかが見えてくる。
2. AIに好かれることではなく、本物の一次情報を強化する
この論文が教えてくれるのは「AIの評価を操作する裏技」ではなく、「AIというフィルターの構造を知った上で、本物の強みを発信する」ことの大切さだ。職人技術・現場のエピソード・具体的な数字を、これまで以上に丁寧に言語化する。
3. 社内のAI活用ルールを「仕上げ工程」として意識する
プロンプトや社内ドキュメントは、AIにとっての「ファインチューニング」に近い役割を果たす。行き当たりばったりで使うのではなく、自社の価値観・言葉遣いを反映した指示書やテンプレートを整備することが、AIの出力品質を左右する。
ひろくんのコラム——AIが「日本を選ぶ」なら、私たちは何を選ばれる理由にするか
この論文を読んで一番嬉しかったのは、数字そのものより「AIというフィルターは、後から人間が仕上げたものだ」という当たり前の事実を、改めて突きつけられたことだった。
AIが日本を選ぶ理由が「仕上げ工程での注入」だとしたら、私たち経営者がAIに何を伝え、どう仕上げるかも、同じくらい重要な仕事になる。分身AIを育てるのも、結局は「自分がどう仕上げるか」を積み重ねる作業だ。今日出会ったこの論文は、私にとって「発信し続けていい」という後押しになった一本だった。
よくある質問(FAQ)
Q1. この研究は「日本が優れている」と言っているんですか?
いいえ。論文が扱っているのは「AIが文化的な質問でどの国を連想しやすいか」という傾向であって、日本文化への「好き」という感情の話ではない、と論文自身も注意点として明記している。優劣の話ではなく、AIの内部にある偏りの話だ。
Q2. この結果は自分のビジネスにどう関係するんですか?
直接的な「使い方マニュアル」があるわけではない。ただし、生成AIの回答(AIO)が検索体験の一部になっていく中で、「AIというフィルターが元々どんな傾向を持っているか」を知っておくことは、コンテンツ戦略を考える上での一次情報になる。
Q3. 中国製のモデル(DeepSeek・Qwen)まで日本を選ぶのはなぜですか?
論文では、事前学習ではなく教師ありファインチューニング(SFT)の段階で偏りが生まれると分析している。学習データの国籍というより、「AIを安全・親切に仕上げる」工程で、日本や米国への言及が世界共通で増幅されている可能性が高い、という結論だ。
Q4. 自分の会社や業界について、同じような実験を自分でもできますか?
できる。手元のAIチャットに「場所を自分で選んで」という条件付きの質問を投げるだけで、簡易的な傾向は見えてくる。今日の実践ステップの1つ目に書いた方法を、ぜひ試してみてほしい。
まとめ:感覚を裏付けてくれる一次情報は、発信の背中を押してくれる

「日本の文化はもっと世界に伝わるはず」——ずっとそう思ってきたけど、感覚だけで語ると説得力が弱い。今回の論文は、その感覚に「6/8モデルが日本を選ぶ」という数字の裏付けをくれた。
AIも人間と同じで、育て方・仕上げ方で見える世界が変わる。だとしたら、私たちがやるべきことは、AIに媚びることじゃなく、本物の一次情報と自分の言葉を、これまで以上に丁寧に育てていくことだと思う。
分身AIを育てる話と同じで、結局は「仕上げる人」の姿勢が全部を決める。今日出会ったこの1本の論文が、そのことを改めて教えてくれた。
参考リンク
・論文紹介ポスト: AGIラボ氏(@ctgptlb)のX投稿
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