
SOUL POLISH
人とチームで考えた日、人の案への納得に自分の内側から湧く動きが重なった
10月21日にAIの問いへ答えた言葉より
家事と子育てのスキマで経営する3方よしAI共創コンサルタントの田中啓之、ひろくんです。10月20日に、私は「AI使わないWORKが面白く刺激的だった」と書きました。WORKは、人とチームを組んで考えた時間のことです。
人と考えた日のなるほどは、ただ納得しただけなのか、それとも納得とは別のことも起きているのでしょうか?10月21日にAIの問いに答えて振り返った言葉をたどりながら、納得に自分の内側から湧く動きが重なる場面を見ていきます。

3行でわかるポイント
- 10月20日のWORKは、人とチームを組んで集中して考えられた時間でした
- 人の案に納得する感覚と、湧き出るものと繋がる感覚は、重なっています
- 繋がった時には、私の内側からも考えが湧いてくる動きがありました
AIを使わない時間を、面白く刺激的だと感じた日

あの一行にある、面白い、刺激的。どちらも、感想として手早く出てくる言葉です。
手早く出てくる言葉は、そのままだと流れていきます。どこが面白く、どこが刺激だったのかは、その一行だけでは分かりません。
だから10月21日に、AIに問いを出してもらい、ひとつずつ答えて振り返りました。AIが用意してくれた答えの案に、合っていると答えた部分もあります。
面白がっていたのは、人と場の力から何かがわき出ること自体でした。「人と場の力でわき出るものがある」と感じたこと。そして「集合意識が繋がっとる」という実感。このふたつが、あの時間の刺激でした。
ここでの集合意識は、人と場についての実感です。そのつながりを味わうところが、面白かったところです。
面白い、と、わき出ることを面白がる、は少し違います。前者は出来事への感想で、後者は、自分が何に反応していたかを示す言葉です。
正直、面白さの居場所は、何を考えたかよりも、何がわき出たかにありました。出てきた結論ではなく、わき出る動きそのもの。感想の一行を問いで一段掘ると、そこまで降りていけます!
いつもならAIを使う場面を、人とチームで考えた

その日を、私はこう言葉にしました。「いつもならAI使う場面を人とチーム組んで場の力もあり集中して思考できた」。
この一文は、みっつに分けられます。いつもならAIを使う場面だったこと。人とチームを組んだこと。場の力もあったこと。そして結果が、集中して思考できたことでした!
AIを使う場面に、今回は人がいて、場がありました。道具が変わったというより、考える時に周りに揃っていたものが変わった、と言えます。
私が合っていると答えた言葉では、いつものAIを使う時間との違いを、こう置いています。人と一緒に考える中でわき出るものを受け取りながら、自分の思考も深まっていったこと。受け取ることと、深まることが、同じ時間の中で進んでいました!
「人と場の力でわき出るものがある」という実感は、集中して考える体感そのものと重なっていました。
AIを使う時間を軽く見たいわけではありません。AIは、考える時の摩擦を減らしてくれる道具です。
ただ、考えやすい環境をつくる要素は、それだけではありません。場の力や縁といった要素もあります。人、場所、道具、空気、偶然の出会い。外からのきっかけで、内側にあった動きに気づくことがあります。
いやー、集中できた日の理由を、道具の話だけで片づけたくないんです。考えが深まった日を思い返すと、その日を支えていたのは、道具だけだったでしょうか?
始める前は「楽しそう」。惹かれていたのは、違う視点のスパーク

始める前の私は、人とチームで考えることを「楽しそう」と感じていました。
どこに惹かれていたのか。私の言葉は、「自分と違う意見や視点で新しいスパーク、閃く。ときめく。」でした!
惹かれていたのは、同じ意見が揃うことではありません。違う視点がそこにあることです。
違う意見や視点は、自分の外から来ます。でも、スパークするのも、閃くのも、ときめくのも、自分の内側で起きることです。同じ時間の中に、外から来るものと、内側で起きることが並んでいます。
でね、私は前から、刺激は外から来るけれど、ワクワクは内側から来る、と考えてきました。共鳴とは、誰かが外からワクワクを注入することではありません。内側同士が響き合い、互いの目が輝き、ウズウズやワクワクが増幅してスパークすること。
スパークという言葉は、今回あらたに手に入れたものではありません。前から大事にしてきた言葉です。
「楽しそう」という短い言葉の奥にあったものを、10月21日の問いで言葉にしました。惹かれていた中身は、先ほどの言葉にある、違う視点から生まれるものです。
人の案が、自分の湧き出るものと繋がった

閃く、ときめくと感じたやり取りをひとつ挙げると、私の言葉はこうでした。「人からのアイデアやアドバイスや案が自分の湧き出るものと繋がった」。
引用した言葉に出てくるものは、どれも人から来るものです。それが、自分の湧き出るものと繋がった。私はそう言葉にしました。
あ、使った動詞は、繋がった、でした。人から来たものと、自分の内側にあるものが、ひとつの言葉の中に両方入っているんですよね!
共鳴との境界を、私はこう見ています。外から色を付け足したのか、刺激をきっかけに内側から出たのか。
ここからは、私の見方です。人の案は外から来ています。でも、自分の湧き出るものと繋がったと言える場面は、外から足されたというより、刺激をきっかけに内側から出たものに近い。私には、そう見えています。
10月20日のWORKで、人からの案と、自分の湧き出るもの。ふたつは、思い返すとどんな並び方をしていたでしょうか?
納得する感覚と、繋がる感覚は、重なっていた

人の案を聞いて納得する時は、相手の考えに腑に落ちる感覚があります。人と考える時間の、大事な手応えのひとつです。
10月20日の「自分の湧き出るものと繋がった」には、その納得に加えて、「新しいスパーク、閃く。ときめく。」という感覚もありました。
納得する感覚と、繋がる感覚は、別々のものではなく、重なっています。繋がった時には、重なったところから、自分の内側からも考えが湧いてくる動きがありました!
10月20日の私に起きたのは、この重なりです。腑に落ちる感覚があり、スパークや閃きがあり、内側から考えが湧いてくる動きがあった。納得の感覚も、同じ時間の中にありました。
実は、前から大事にしている捉え方があります。「ピンとくる」は、外から与えられた正解に納得することではなく、内側と繋がること。10月20日の繋がったを思い返す時、私はこの捉え方を思い出します。
人の案に頷いた時、腑に落ちる感覚の隣に、スパークや閃きもありましたか?
その楽しさを一文にすると「ワンネス」

10月20日のWORKで自分の湧き出るものと繋がった楽しさを、いまの一文にすると。10月21日に、AIからそう聞かれました。私の答えは「ワンネス」でした。
といっても、ワンネスは新しく見つけた言葉ではありません。前から使ってきた言葉です。共鳴もスパークも同じで、今回それを新しい信念として得たわけではありません。
私にとってのワンネスは、自分を含むすべてとして味わい、満たし合うことです。
あの日の私は、AIを使わない時間を面白く刺激的だと書きました。人と場の力からわき出るものを面白がり、集中して考え、違う視点にときめき、人の案が自分の湧き出るものと繋がったと言葉にしました。そして、その楽しさを一文でと聞かれて、出てきたのが「ワンネス」です!
一文で、と聞かれて、出てきたのは一語でした。しかも、前から使ってきた言葉でした。この言葉を、私にとっての意味と並べて、ここに置いておきます。
人と考えた日の楽しさを一文にするなら、どんな言葉が浮かびますか?
よくある質問
Q. 納得する感覚と、繋がる感覚は、別のものですか
10月20日の私の中では、重なっていました。人の案を聞いて納得する時は、相手の考えに腑に落ちる感覚があります。繋がった時には、その感覚に、新しいスパークや閃き、ときめきも加わり、自分の内側からも考えが湧いてくる動きがありました。
Q. いつものAIを使う時間と、10月20日の考え方には違いがありましたか
ありました。10月20日は、人と一緒に考える中でわき出るものを受け取りながら、自分の思考も深まっていきました。人と場の力でわき出るものがある、という実感が、集中して考える体感と重なっていた日です。
Q. WORKを始める前は、どう感じていましたか
人とチームで考えることを「楽しそう」と感じていました。惹かれていたのは、自分と違う意見や視点で、新しいスパークが生まれて、閃いて、ときめくことです。10月21日に、AIの問いに答えて言葉にしました。
Q. ワンネスとは何ですか
私にとってのワンネスは、自分を含むすべてとして味わい、満たし合うことです。新しく見つけた言葉ではなく、前から使ってきました。10月20日のWORKで繋がった楽しさを一文にした時にも、この言葉で答えました。
Q. AIを使わない方がいい、ということですか
いやー、AIを不要だと言いたいわけではないんです!AIは、考える時の摩擦を減らしてくれる道具です。環境には、それ以外にも場の力という要素があります。10月20日は、場の力と人の案が前に出た日でした。
COLUMN
ひろくんコラム|凸凹のパズルとして眺める10月20日のWORK

競争より共創。凸凹ありのままでいい。完璧な丸を目指さなくていい。実は、これが私の土台にある考え方です。その凸凹は、誰かとパズルのように組み合わさります。自分の凹は誰かの凸で埋まり、自分の凸は誰かの凹を埋められる。だから私は、争うより一緒につくる道を選びたいんです!
普段AIを使う場面を、人とチームで集中して考えた。それが10月20日のWORKでした。
ここからは、私の見方です。凸凹のパズルとして眺めると、人からの案が、私の凹に噛み合ったように見えます。噛み合ったところから、私の内側からも考えが湧いてくる。納得に、湧く動きが重なっていく。そこまで含めて、パズルの一場面として眺めています。WORKという場は、凸と凹が出会う器のひとつです!
正直、注意と例外もあります。スポーツや入試のように、競争が必要な場面はあります。そして、共創という言葉を言い訳に、努力を怠るのはNGです。共創は、努力をしない理由にはなりません。
読んでいる方がやってみるなら、こんな一歩があります。次に人と考える日、腑に落ちた場面をひとつ選ぶ。その前後に何が動いていたかを、一行だけ書き留めてみる。
まとめ
人の案への納得と、人の案が自分の湧き出るものと繋がる感覚は、重なっています。10月20日の私には、繋がった時に、自分の内側からも考えが湧いてくる動きがありました。
冒頭の引っかかりに戻ります。人と考えた日のなるほどは、納得だけではありませんでした。納得があり、そこにスパークや、内側から湧く動きも重なっていました。
でね、次に人と一緒に考える日があれば、その日の動きを思い返してみませんか。人の案を聞いて、腑に落ちた場面はありましたか?その前後に、閃きやときめきはありましたか?自分の中から出てきた考えは、どんな形をしていたでしょうか?
納得も、繋がるも、どちらも大事にしたい感覚です!
この記事の材料
- 10月20日に私が書いた、AI使わないWORKが面白く刺激的だったという一行
- 10月21日にAIの問いに答えた私の言葉と、合っていると答えた案
- 私が以前から大事にしてきた言葉(共鳴・スパーク・ワンネス)
- 競争より共創という考え方
AI生成コンテンツについて
この記事は、AIを道具として使って制作しています。10月21日にAIの問いへ答えた私の言葉を材料に、文章の下書きと画像づくりにAIを使っています。
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