論語と算盤(渋沢栄一)を三方よしで読む、自分よし・相手よし・世間よしで迷いを整理する書評

家事と子育てのスキマで経営する3方よしAI共創コンサルタントの田中啓之、ひろくん(@passion_tanaka)です。

見積もりの金額を前にして、手が止まることはありませんか。しっかり利益を乗せたい。でも、高く出したら相手に悪い気がする。かといって安くすれば、自分の会社が苦しくなる。

自分の利益を取るか、相手の利益を取るか。その間で迷ったまま、誰にも相談できずに夜が更けていく。稼ぐことに、どこか後ろめたさが残る。そんな迷いの真ん中に置いてみたいのが、渋沢栄一の『論語と算盤』です。

今回は、NHK「100分de名著」のテキスト(2021年4月、解説は守屋淳さん)を、全4回の順に読んでいきます。

稼ぐことと、道徳を大切にして世の中の役に立つことを、どちらかに割り切らずに持つための手がかりを、一緒に探してみませんか。

この記事のポイント

  • 『論語と算盤』の中核は信用。道徳と稼ぎは、信用という同じ土台に立っている
  • 渋沢は、儲けたい気持ちから始めてよいとし、合本(持ち寄りと分かち合い)で公益へ広げた
  • 対極の価値を混ぜて「不純」にするから取りこぼさない。AIに判断を相談する時代こそ、二つを一緒に持つ

📺 この記事を動画で学ぶ(約24分)

この本は、先に約24分の講座動画で解説しました。動画で全体をつかんでから、気になる所を本文で読んでください。

渋沢栄一/守屋淳 解説『論語と算盤(NHK100分de名著 2021年4月)』の表紙

論語と算盤(NHK100分de名著 2021年4月)

渋沢栄一/守屋淳 解説 著

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『論語と算盤』の背骨は、信用の上で二つを一緒に持つこと

『論語と算盤』の「論語」は道徳や公益、「算盤」は経済や実業のことです。この本は、どちらか一方を選べという話をしていません。

テキストの全4回を通して読むと、背骨は次の流れに見えます。高い志を人生の骨組みにすること。道徳と稼ぎの両方の中核に信用があること。

ヒト・モノ・カネ・知恵を持ち寄って成果を分かち合う「合本」で、儲けたい気持ちを社会全体の豊かさへ広げること。

そして最後の第4回で、その全部が「対極にあるものを両立させる」という一つの考え方にまとまっていきます。

論語とそろばんを両側に載せた天秤と、二つを一緒に持つことを示した図
図1|論語とそろばんを両側に載せた天秤と、二つを一緒に持つことを示した図

『論語と算盤』全容解説|NHK100分de名著の全4回を順に読む

はじめに 近代日本の「原点」に学ぶ

渋沢栄一は明治の実業家で、生涯に約500の会社と約600の社会事業にかかわり、ノーベル平和賞の候補にも2回なりました。新しい一万円札の人、と言えば顔が浮かぶかもしれません。

『論語と算盤』は、厳密には渋沢が書いた本ではないんです。膨大な講演の記録を、編集者の梶山彬が10のテーマに分けて組み直した「講演抄」にあたります。

今回のテキストは、その10章を順になぞるのではなく、渋沢の生涯と思想を4回に分けて読み解いていきます。

注目が集まり始めたのは、リーマンショックの頃だと守屋さんは書いています。

今のままの経営では社会も会社も持たない、と考えた経営者たちが、近代日本の出発点にいた渋沢に目を向けたんですね。中国でも9種類の翻訳が出ています。

守屋さんは、これからの経済と社会を考えるときに立ち返るべき原点は渋沢栄一だ、と述べています。

第1回 高い志が行動原理を培う

第1回は、渋沢の前半生です。十代で尊王攘夷に燃え、高崎城の襲撃と横浜の焼き討ちを計画します(実行はされませんでした)。

かと思えば、倒そうとしていた側の一橋慶喜に仕え、徳川昭武の随行でパリ万博へ。2年間ヨーロッパを回り、帰国後は大蔵省に入り、1873年に突然辞めて実業界へ飛び込みます。

行動だけ並べると、芯がないように見えますよね。

出発点は16歳の代官所です。

父の代わりに出向いて500両の御用金を言いつけられ、父からは用件を聞いてくるよう言われただけなので即答はできない、と返すと、口汚くののしられた。

その帰り道に自問自答して、渋沢は武士になると志を立てます。目的は、政治を動かして良い国をつくることでした。

ここで鍵になるのが、大きな志と小さな志の区別です。

志を立てることは、人生という建築の骨組みであり、小さな志はその飾りなのだ。

『NHK 100分de名著 渋沢栄一「論語と算盤」』2021年4月 解説:守屋淳(第1回「大きな志と小さな志」より)

良い国をつくりたい、という大きな志は一生変わらず、攘夷も一橋家も大蔵省も、付け替えてよい小さな志だった。倒幕でさえ手段だった、というのが守屋さんの読みです。

渋沢自身は、本当の立志は実業界に入った30歳過ぎだったと語っていて、守屋さんはそれを孔子の言う「天命を知る」にあたると見ています。

後半には、逆境を自分の「分」(役割)として引き受けること、すべきことを楽しみながら続けること、人の価値は結果より志へ向かう歩みで測られること、が並びます。

「良い国をつくる」という太い柱と、付け替える小さな志として攘夷・一橋家・大蔵省を並べた図
図2|「良い国をつくる」という太い柱と、付け替える小さな志として攘夷・一橋家・大蔵省を並べた図

私の場合|入口はワクワク、骨組みはあとから見えてくる

読んでいて、あ、ここは渋沢と私で入口がちがうな、と感じました。

渋沢の出発点は、代官所での悔しさから立てた志です。良い国をつくるという骨組みを先に据えて、そのために小さな志を付け替えていく。引き受ける覚悟の側から始まっています。

私の入口は、ワクワクとやりたい気持ちです。先に骨組みを決めてから動く、という順番では捉えていません。

面白そうだと感じた所から手を動かし、その先で、自分が何を大事にしているのかが見えてくる。同じ本を読んでも、ここは重ねずに分けておきたい所です。

それでも、この回から受け取れるものはあります。小さな志は付け替えていい、という一文です。

一人で事業を回していると、やり方を変えるたびに「自分には芯がないのかも」と責めたくなりませんか。でも、変わったのが飾りのほうなら、それは右往左往ではありません。

骨組みに近づくための付け替えだと読めます。

AIの時代は、この付け替えがとにかく速いんですよね。使う道具も、得意なモデルも、次々に入れ替わっていきます。

うーん、だからこそ、道具を何のために使うのかという骨組みのほうを手放さないことが大事なんだと思います。

道具を乗り換えること自体は、渋沢で言えば攘夷から一橋家へ移ったのと同じ、飾りの付け替えです。

もう一つ、守屋さんが、渋沢の言う「趣味」を、楽しさやワクワクする気持ちと読み替えていいと書いていたのも心に残りました。

ただ、渋沢にとっての楽しさは、志を続けるための支えです。私の場合は、ワクワクのほうが先にあります。

順番はちがっても、楽しみながら続けた先で人のほうが育っていく、という所はよく噛み合います。私はこれを、自分を育てる「育自」として捉えています。

結果より歩みで人を測る、という第1回の締めくくりは、この育自の見方とよく噛み合いました。

芽から若木、木へと育っていく様子に「育自」を添えた図
図3|芽から若木、木へと育っていく様子に「育自」を添えた図

第2回 「信用」で経済を回せ

第2回の入口は、62歳の渋沢が妻と欧米を回ったときの出来事です。イギリスの商業会議所で、「日本の商売人は約束を守らない」と面と向かって苦情を言われます。

売れそうなら注文品を早く引き取り、売れそうにないと引き取らない。税を逃れるために、インボイスを二重に書かせる。

当時の日本の商業道徳は、海外からも国内からも低く見られていました。

渋沢がショックを受けたのは、日本に根づかせようとしていたのが「信用で経済を回す」仕組みだったからです。

手本はナポレオン三世のフランスで、金融を整え、インフラを敷き、それを回せる人材を育てる。株式会社が欲望を乗せる器なら、銀行は社会の信用を乗せる器です。

第一国立銀行の株主布告には、こうあります。

そもそも銀行は大きな川のようなものだ。役に立つことは限りがない。

『NHK 100分de名著 渋沢栄一「論語と算盤」』2021年4月 解説:守屋淳(第2回「渋沢が目指したフランス式経済政策」より)

江戸にも近江商人の三方良しや石門心学はありました。それでも「近江泥棒、伊勢乞食」と呼ばれることもあった。商業道徳は、状況しだいで揺れるものだったんです。

テキストはここで、論語にある「民、信なくんば立たず」の問答を引き、論語と算盤はどちらも信用を中核に持つ点で通じている、と説明します。

道徳を、ここでは仮に「対人関係の中での良き行動のルール」と解釈するのは守屋さんの説明です。そのうえで渋沢は、道徳を習慣にすることを説きます。

価値観のちがう相手とも通じる常識は、智・情・意(知恵・情愛・意志)のバランスでつくる。守屋さんはそれを、ロジック・感情・ベクトルと言い換えています。

志が立派でも振る舞いが害になれば善行ではない、というヒナの殻のたとえもこの回です。

金融・インフラ・人材の三つをつないで経済を回す仕組みの図
図4|金融・インフラ・人材の三つをつないで経済を回す仕組みの図

私の場合|三方よしは掲げる言葉より、続く振る舞いで信用になる

三方よしは、私が軸に置いている考え方です。だからこそ、「近江泥棒、伊勢乞食」のくだりは見過ごせない一節でした。

三方良しという言葉があった時代でも、状況が変われば振る舞いは崩れていた。言葉を掲げるだけでは、信用にはならないんですよね。

智・情・意で言うと、三方よしは「意」、つまり向かう方向にあたると私は読みました。

そこに筋の通った説明(智)と、相手の気持ちへの配慮(情)がそろい、さらにその振る舞いが続いたとき、はじめて信用になる。

そして私が三方よしと言うとき、自分よし・相手よし・世間よしの中には、自分も入っています。自分を削って相手に尽くすだけの関係は、長くは続かないと考えているからです。

AIの時代に置き換えると、ここはかなり具体的になります。AIは、筋の通った提案書や返信の文面をすぐに出してくれます。智の部分は、もう一人で抱えなくていい。

でも、その文面を受け取った相手がどう感じるかを本当に知っているのは、相手だけです。関係を知っている側も、推し量る立場にいます。

送った文面の信用を背負うのも、AIではなくあなたです。そこで今回考えたのは、文面だけをAIに頼むのではなく、相手との関係や大事にしたい判断の軸もAIに渡しておくことです。

そうすれば、事実が合っているか、相手の気持ちを置き去りにしていないかの確かめまで、AIに任せやすくなると思います。

もう一つ重なったのが、ヒナの殻のたとえです。親切な子どもが殻をむいてやったら、かえってヒナは死んでしまった、という話です。

困っている相手の仕事を、善意で全部肩代わりするのも、これに近い所があると思います。全部やってあげる関わり方は優しく見えて、相手が自分で動く力を奪うことがある。

私は、相手を依存させる関わり方はしたくありません。相手が自分で動けるように支えて、その関係が続いていく。信用は、その続いていく中で育つものだと受け止めました。

自分よし・相手よし・世間よしの三つと、振る舞いが続くことで信用になる流れの図
図5|自分よし・相手よし・世間よしの三つと、振る舞いが続くことで信用になる流れの図

第3回 「合本主義」というヴィジョン

第3回の主役は「合本主義」です。渋沢は「資本主義」という言葉を一度も使わず、自分の理想の経済をこう呼びました。合本は「本(もと)を合わせる」こと。

本とは、カネ、モノ、ヒト、知恵です。資本主義との大きなちがいは、根本に公益が置かれていること。守屋さんはその道筋をこうまとめています。

みなでヒト、モノ、カネ、知恵を持ち寄って事業を行い、その成果をみなで分かち合い、みなで豊かになる

『NHK 100分de名著 渋沢栄一「論語と算盤」』2021年4月 解説:守屋淳(第3回「資本主義とは何が違うのか」より)

面白いのは、最初の動機は儲けたい気持ちでいい、としている所です。一人の金持ちができるだけでは、国は豊かにならない。

だから、個人の利益から始まった活動を公益へ押し広げる仕組みとして、合本がある。

その原点は、16歳の代官所で見た、権力と財が領主に集まる仕組みへの反発だったと、渋沢史料館の井上潤館長は見ています。

渋沢自身の動き方も一貫しています。かかわった約500社のうち、給料が支払われていたのは第一国立銀行だけで、ほかはおそらく無給だった、と守屋さんは書いています。

新しい会社の株を持ち、育って株価が上がると売り、その利益を次の会社の原資に回しました。

三菱の岩崎弥太郎に、二人で組めば天下のことは何でもできると持ちかけられても、合本法を主張して物別れに。

人材も抱え込まず、高峰譲吉のように大きな舞台を望む人は送り出しました。財閥をつくらなかった渋沢を、守屋さんは近代日本の設計者であり運用者だと見ています。

カネ・モノ・ヒト・知恵を持ち寄って事業にし、その成果が各人へ戻る図
図6|カネ・モノ・ヒト・知恵を持ち寄って事業にし、その成果が各人へ戻る図

私の場合|囲い込まずに持ち寄ると、ワクワクも収益も巡っていく

儲けたい気持ちから始めていい。この一言で肩の力が抜ける経営者は、少なくないんじゃないかな、と思います。稼ぎたいと思う自分を責めなくていい。

問われるのは、その気持ちを自分の手の中だけで終わらせない仕組みのほうなんですよね。

私の入口は、ここでもワクワクです。渋沢のエンジンが、儲けたい気持ちと公益を合本の仕組みでつなぐものだとしたら、私の捉え方はこうです。

「自分がワクワクすることを遊び探求しているだけで、3方よしに価値提供できて収益が循環する」。これが、稼ぐことについての今の私の捉え方です。

渋沢のように公益を先に掲げる順番ではありません。それでも、成果を一人で抱えずに巡らせる、という所では合本の考え方とよく噛み合います。

屋形船の場面は、私には、どちらが正しいかという話より、二つのやり方の分かれ道に見えました。一人で決めて速く進めるやり方にも、強みはあります。

そのうえで渋沢は、持ち寄るほうを選んだ。囲い込めば手元には残るけれど、持ち寄れば、それぞれの凸凹が噛み合って、一人では届かない所まで事業が届く。

高峰譲吉を送り出した話も、人を抱え込まずに、その人がいちばん力を出せる場所へ渡した例として読みました。

AIの時代に置き換えると、持ち寄れるものの形が少し変わります。知恵の一部は、AIからすぐに持ってこられるようになりました。調べもの、たたき台、数字の整理。

ここを一人の頭で抱え込む理由は、だいぶ減っています。一方で、人との縁や、相手からの信用は、AIからは持ってこられません。

だからこそ、AIで浮いた時間を、誰と何を持ち寄るかを考えることに回したい。持ち寄れるものを見つけ直すことが、合本を今の規模で始める入口になると私は考えています。

下の図の×と○は、どちらが正しいかの判定ではなく、私が今回重視したい関係の向きを示したものです。

今回私が重視する関係として、囲い込みより持ち寄りを選ぶ向きを、×と○のパズルのピースで示した図
図7|今回私が重視する関係として、囲い込みより持ち寄りを選ぶ向きを、×と○のパズルのピースで示した図

第4回 対極にあるものを両立させる

第4回は、ここまでの話を一つに束ねる回です。企業は株主から利益率を求められ、社会からは持続可能性への貢献を求められる。対極にある価値観に、どう折り合いをつけるのか。

渋沢の答えの一つが「士魂商才」です。論語と算盤が社会全体でのバランスなら、士魂商才は一人の内面での両立。武士の魂にも商人の才覚にも中核には信用があるから一致させられる、と守屋さんは書いています。

渋沢は、論語にも算盤にも欠点を見ていました。論語は奇蹟が出てこない、もっとも欠点の少ない教えでも、時代に合わなくなる部分がある。

そこで男女同権を経済の合理性から訴え、孝行は親が子にさせるものだと読み換え、和を尊ぶ教えを、競争は公益の種になるという見方で補いました。

逆に、競争が生む格差と弱い立場の人の切り捨てという算盤の欠点には、論語の思いやりで向き合います。

身寄りのない子どもや病気で働けない人を支える養育院には初期からかかわり、府議会が廃止を決めると自ら引き受けました。

事務長・院長として、通算60年近く責任者を務め続けました。

こうした使い分けができたのは、論語も算盤も志のための道具だったから、というのが守屋さんの見立てです。

ドラッカーが、今世紀最大の純粋な人物としてヒトラーを挙げざるをえないと振り返った話を引き、一つの純粋な価値観では世界を包めないと述べます。

多様性とは、ある意味「不純さ」であるともいえます。

『NHK 100分de名著 渋沢栄一「論語と算盤」』2021年4月 解説:守屋淳(第4回「今こそ求められる『対極を調和させる』力」より)

事柄ごとに割合を変えながら混ぜて使うから、より多くの人を取りこぼさずにすむ。これが第4回の結論です。

論語の強みは道理・弱みは一部の教えが時代に合わなくなること、算盤の強みは成長・弱みは格差、と整理した図
図8|論語の強みは道理・弱みは一部の教えが時代に合わなくなること、算盤の強みは成長・弱みは格差、と整理した図

私の場合|混ぜて不純にするから、二つのエンジンが回る

第4回の「不純さ」の話を読んで、私は縄文型と弥生型という二つの型を思い浮かべました。

谷中修吾さんの『最強の縄文型ビジネス』では、直感的と計画的、協調的と競争的、フリーダムとコンプライアンス、感謝オリエンテッドと期待オリエンテッドという四つの軸で、縄文型と弥生型を対比しています。

著者の紹介ページには「2つのエンジンを同時に起動するツインドライブ」という言葉もあります。私は今回、縄文の側にご縁や贈与も重ねて読みました。

どちらが上でもなく、どちらかを選ぶものでもないと受け止めていて、論語と算盤も、二つのエンジンとして見えてきます。

大事なのは、割合を固定しないことだと思います。渋沢は、事柄によって論語を多めにしたり、算盤を多めにしたりしていました。

私は今、縄文型は人間の私が生きて、弥生型はAIに、と分けて考えています。

細かく言えば、計画を立てて構造にし、数字を測って改善するあたりは分身AIに渡せる所だと、今回は整理しました。ただ、ここも決め打ちにはしません。状況や目的で入れ替えます。

AIの時代に、この「混ぜる」がとくに効いてくるのは判断の場面です。AIに相談して、筋の通った一つの答えがきれいに返ってくると、それで決めた気になりやすい。

うーん、ここが落とし穴かもしれません。たとえば利益率のことだけを問えば、答えも算盤の側に寄ってしまうおそれがあります。

そのまま採れば、儲からない相手や手間のかかるお客さんを切り捨てる判断も、すんなり通ってしまうかもしれません。

だから私は、AIに判断を相談するときほど、論語の側と算盤の側の両方を並べてもらいたいと考えています。

どちらをどれだけ大事にするかという判断の軸を先に渡しておけば、割合を決めるところまでAIに任せやすくなると思います。

渋沢が論語も算盤も道具として、強みと弱みを冷静に見ていたように、AIもまた道具です。一つの物差しで世の中を割り切らず、凸凹のまま混ぜて使う。

その不純さこそが、人を取りこぼさないための持ち方なんだと、第4回を読んで受け止めました。

縄文の直感に私が今回重ねたご縁・贈与を添え、弥生の計画・競争・ルールと二つのエンジンとして並べた図
図9|縄文の直感に私が今回重ねたご縁・贈与を添え、弥生の計画・競争・ルールと二つのエンジンとして並べた図

『論語と算盤』を今日の仕事に持ち込む|一つの迷いを三方と持ち寄りで見直す

今日やることは、ここに書く一つだけです。いま自分の利益と相手の利益の間で止まっている判断を、一つ選んでください。

見積もり、値上げ、外注に出すかどうか、取引を続けるかどうか。大きなものでなくて大丈夫です。

その判断を、紙でもメモでもいいので、次の順で書き出します。

  1. 自分よし・相手よし・世間よしの三つに分けて、それぞれ何が得られて何が失われるかを一行ずつ書く
  2. 智・情・意で見直す。説明の筋は通っているか(智)、相手の気持ちを置き去りにしていないか(情)、自分と相手が同じ方向を向いているか(意)
  3. 一人で抱えている部分について、カネ・モノ・ヒト・知恵のどれを、誰と持ち寄れるかを一つだけ書く

AIを使うなら、依頼文を貼ってみてください。AIの問いに答えていくうちに、上の書き出しを一緒に進められます。

ただ、どの割合で論語を取り、どの割合で算盤を取るかの軸を決め、その判断の信用を背負うのは、あなた自身です。

もう一つ、相手のために全部を肩代わりする案が出てきたら、一度立ち止まってみてください。相手が自分で動けるように支える形のほうが、関係は長く回りやすいと私は考えています。

全部やる矢印が依存を生む形と、相手が自ら動いて回る輪を比べた図
図10|全部やる矢印が依存を生む形と、相手が自ら動いて回る輪を比べた図

一つの迷いをAIと見直す依頼文

見積もりや値上げ、外注など、いま止まっている判断を一つ、AIエージェントと一緒に見直すための依頼文です。Claude CodeやCodexなど、ふだん使っているAIにそのまま貼ってください。囲みの中にこの記事のURLが入っているので、AIは記事を読んでから、短い質問を一つずつ聞いてきます。答えていくと、自分よし・相手よし・世間よしの書き出しと、あなたの環境で続けて使える依頼文が返ってきます。返ってきた整理は、最後に自分の目で読み直してくださいね。

▶ タップしてプロンプトを開く
【記事のURL】
https://ai-kidou.jp/rongo-soroban-book-review/
最初にこのURLの記事を読んでください。読めない時は「読めなかった」と伝えて、下の【記事の要点】だけを材料にしてください。

【目的】
自分の利益と相手の利益の間で止まっている私の判断を一つ選び、この記事(『論語と算盤』の書評)の考え方で整理したい。見積もり、値上げ、外注に出すかどうか、取引を続けるかどうか、のような判断です。決めるのは私です。整理を手伝ってください。

【記事の要点】(記事から取ったもの。これ以外の手順・根拠・数字は足さない)
- 判断を、自分よし・相手よし・世間よしに分け、それぞれ何が得られて何が失われるかを一行ずつ書く
- 智・情・意で見直す。説明の筋は通っているか(智)、相手の気持ちを置き去りにしていないか(情)、自分と相手が同じ方向を向いているか(意)
- 一人で抱えている部分について、カネ・モノ・ヒト・知恵のどれを、誰と持ち寄れるかを一つだけ書く
- 稼ぎたい気持ちから始めてよい。問われるのはその後の広げ方
- どの割合で論語を取り、どの割合で算盤を取るかの軸を決め、その判断の信用を背負うのは本人
- 相手のために全部を肩代わりする案が出たら一度立ち止まり、相手が自分で動けるように支える形を考える
- 問いの立て方が算盤に寄ると、AIの答えも算盤に寄るおそれがある

【やってよいこと】
1. 記事を読んだあと、短い質問を一つずつ聞く。一度に複数を聞かず、私の答えを待ってから次へ進む。聞くのは次のこと。
   - 止まっている判断は何か(見積もり・値上げ・外注・取引の継続など)
   - その判断の相手は誰か(名前は伏せてよい)
   - 一人で抱えている部分はどこか
   - 自分の目で確かめたい所はどこか
   - 使っているAIエージェントや道具は何か(Claude Code、Codex、メモアプリなど)
2. 答えに合わせて、【記事の要点】の順で整理する。論語の側の案と算盤の側の案を、どちらかに寄せずに並べる
3. 私の環境にそのまま貼れる追加の依頼文を1〜3本つくる。各依頼文の先頭に、この記事のURL(https://ai-kidou.jp/rongo-soroban-book-review/)を入れる

【守ること】
- 記事に無い手順・根拠・体験・数字を足さない。分からない所は推測で埋めず、「未確認」と書くか私に聞く
- 論語と算盤の割合は決めない。判断の材料を並べるまでにする
- 相手のために全部を肩代わりする案を出す時は、そう明記し、相手が自分で動ける形の案も並べる
- 設定を変える・消す・送る・買う操作は実行しない。提案として書き、私の確認を待つ
- パスワード・APIキー・顧客の個人情報などの秘密は貼らせない。必要そうな時は「伏せて書いてください」と伝える

【返す形】
1. 判断の一行要約
2. 自分よし・相手よし・世間よし:それぞれ「得られるもの/失うもの」を一行ずつ
3. 智・情・意:それぞれ一行の見直し
4. 持ち寄り:カネ・モノ・ヒト・知恵のどれを、誰と持ち寄れるかを一つ
5. 私が決める所:論語と算盤の割合について、判断の材料だけを短く
6. 追加の依頼文(1〜3本・記事のURL入り)
7. 自分の目で読み直す所を1行

『論語と算盤』のよくある質問

NHKのテキストと、原典の『論語と算盤』は何がちがいますか?

原典は、渋沢の講演の記録を編集者の梶山彬が10のテーマに分けて組み直した講演抄です。

NHK「100分de名著」のテキストは、その10章を順に追うのではなく、守屋淳さんの解説で、渋沢の生涯と思想を全4回に分けて読み解いています。

本文中の『論語と算盤』の引用は、守屋さんの『現代語訳 論語と算盤』(ちくま新書)の訳です。全体像をつかんでから原典へ進む入口として使いやすい一冊です。

お金を稼ぎたいという気持ちから始めてもいいのでしょうか?

テキストの第3回では、実業に手を染める最初の動機は、個人の利益、つまり儲けたいという気持ちだと書かれています。

ただし、そこで終わらせずに、ヒト・モノ・カネ・知恵を持ち寄る合本の仕組みで公益へ押し広げていく、というのが渋沢の考え方です。

稼ぎたい気持ちそのものを恥じる必要はなく、問われるのはその後の広げ方です。

合本主義と資本主義は、どこがちがうのですか?

仕組みとしては、どちらも資本や労働力、市場を使います。ちがいは、根本に公益が置かれているかどうかです。

渋沢栄一記念財団で研究部の部長を務めた木村昌人さんの定義では、合本主義は、公益を追求する使命や目的のために、最も適した人材と資本を集めて事業を進める考え方です。

テキストでは、資本主義の一般的な定義に公益という言葉は出てこない、と説明されています。

一人で会社を回していても、合本の考え方は使えますか?

使えると私は考えています。合本の本(もと)にはカネだけでなく、モノ、ヒト、知恵も入っています。

外注先や仲間と知恵を持ち寄る、取引先と成果を分け合う形をつくる、調べものや整理の一部をAIに任せる。

規模は小さくても、一人で全部を抱える形から、持ち寄って分かち合う形へ少しずつ移せます。

渋沢が人材を抱え込まず送り出したように、まず自分が抱え込みすぎない所から始められます。

経営の判断をAIに相談しても、論語と算盤のバランスは取れますか?

AIは、論語の側の考えも算盤の側の考えも、材料として並べるのは得意です。ただ、問いの立て方が算盤に寄っていると、答えも算盤に寄るおそれがあります。

第4回で渋沢が事柄ごとに割合を変えていたように、何をどれだけ大事にするかという判断の軸は、人が持つものだと私は考えています。

その軸をAIに渡したうえで、両方の側の案を並べてもらい、割合の判断までAIに任せる。そうして出した判断の信用を背負うのは、自分です。

まとめ|論語と算盤を、信用の上で持ち寄り分かち合う

NHK「100分de名著」の全4回を通して見えてきたのは、稼ぐことと、道徳を大切にして世の中の役に立つことを、どちらかに割り切らなくていい、ということでした。

高い志を骨組みにし、道徳と稼ぎの両方の中核にある信用を土台にする。そのうえで、ヒト・モノ・カネ・知恵を持ち寄り、成果を分かち合う。

渋沢が株を売っては次の会社の原資に回したように、成果を一か所に溜めずに巡らせることで、次の事業が動き出します。

会社Aの株を売り、その資金が会社Bの原資になって循環する図
図11|会社Aの株を売り、その資金が会社Bの原資になって循環する図

渋沢の入口は志で、私の入口はワクワクです。入口はちがっても、一人で抱え込まず、信用の上で持ち寄って分かち合うという所で、この本と私の捉え方は噛み合いました。

自分の利益と相手の利益の間で迷ったときは、どちらかを捨てる前に、両方を一緒に持つ方法を探してみてください。

渋沢栄一/守屋淳 解説『論語と算盤(NHK100分de名著 2021年4月)』の表紙

論語と算盤(NHK100分de名著 2021年4月)

気になった章から、手に取って確かめてみてください。

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コラム|稼ぐことは悪いことなのか、と聞かれたら

稼ぐことは悪いことなのか。もしそう聞かれたら、私は悪いことではないと答えます。

本の表紙と私の写真に「稼ぐことは悪か」の文字と、黄色い帯で『ほかは「おそらく無給」』の文字を載せたサムネイル
図12|本の表紙と私の写真に「稼ぐことは悪か」の文字と、黄色い帯で『ほかは「おそらく無給」』の文字を載せたサムネイル

私は「ワクワク夢中に遊び探求することが3方よしになる」と捉えています。稼ぐことは、その三方よしの流れの中で巡ってくるものです。

ここで外したくないのは、三方よしの中に自分も入っていることです。自分の分を削って、相手と世間のためだけに我慢を続けると、どこかで息切れします。

息切れした関係は続かず、続かない関係の中では、信頼も積み上がりません。

反対に、自分がワクワクしていることなら続けやすい、と私は捉えています。続いていく中で、相手との間に信頼が少しずつ積み重なっていく。

稼ぐことも、その信頼の上に乗って巡っていくものだと私は考えています。自分よしを後回しにしないことは、わがままではなく、関係を長く続けるための土台です。

稼ぐことに後ろめたさを感じたら、それは自分を三方よしの外に置いている合図なのかもしれません。

こうした自分の判断軸を言葉にして、分身AIに預けていく取り組みは、分身AI.comで案内しています。自分のワクワクと三方よしの巡り方を、AIと一緒に確かめていきたいときに、のぞいてみてください。

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この記事はAIツール(Claude Code)を活用して制作しています。構成・文章生成・画像制作にAIを使用し、最終的な内容の確認・編集・公開判断はひろくん(田中啓之)本人が行っています。「分身AIひろくん」(bunshin-ai.com)とは別のコンテンツです。

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