
WATCH REPORT
AIは知識を作れても「場」は作れない
SINIC理論×知識創造理論で読む、人類の次の20年
2026.08.06
2時間11分の記録を最後まで見終えて、私の手元に残ったメモはたった一行でした。「AIは知識を作れる。でも場は作れない」。
AIで効率を上げるほど、なぜか手ごたえが薄くなる。速く正確になったのに、何かが痩せていく。その正体を、1970年に描かれた未来予測理論と、世界中で読まれてきた経営理論が、まったく別の入口から名指ししていました。
この記事を読み終わるころには、「AIに何を任せて、何を自分の手に残すか」の線が、あなたの中で1本引けているはずです。
家事と子育てのスキマで経営する3方よしAI共創コンサルタントの田中啓之、ひろくん(@passion_tanaka)です。今回は、大企業未来共創活動態GIFTとSINIC実践コミュニティが開催した「第36回 ONE HUNDRED GIFTS」を紹介するね。
テーマは「人類はどこへ向かうのか? 人、組織、社会はどう変わるのか?」。オムロン発のSINIC理論と、野中郁次郎氏の知識創造理論を重ねて、記録は2時間11分(うち冒頭の開始待ちと主催説明で約10分、終盤は講座案内とグラレコ紹介)。私が最後まで通して見て、自分の仕事と重ねて唸ったところをお届けします。
3行でわかるポイント
- 2025年から「自律社会」に入った——ただし最適化社会の延長線上では、その先の自然社会には行けないと原典に書いてある
- 次の時代の勝負どころは「何を最適化しないか」——速く正しく選ぶ力ではなく、ものさしそのものを更新する力
- 料理に例えると、AIは最高の調理器具。でも「誰と、何を食べたいか」を決める食卓=場を作るのは、いまも人間だけ
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GPTs研究会に参加する(無料・8,800名突破!)SINIC理論とは? 1970年の地図が、いまの現在地を教えてくれる
まずSINIC理論そのものを、1枚に整理しました。

まず1人目、ヒューマンルネッサンス研究所 代表取締役社長の立石郁雄さんから。SINIC理論は、オムロン創業者の立石一真さんらが1970年に発表した未来予測理論です。約100万年前の原始社会から2033年までを、社会進化の「一周期」として一枚の螺旋に描いてしまう。私も名前だけは知っていたけれど、中身を通しで聴いたのは今回が初めてでした。
面白いのは、これが一方通行の予測じゃないところ。科学が新しい「種」を生み、それが技術の「革新」になり、社会に実装されて暮らしが変わる。すると社会の側から「必要性」が生まれて、それがまた次の科学を刺激する。ぐるぐる回りながら、螺旋を上っていく構造なんだよね。
SINIC理論 公式紹介動画のナレーション
「この理論に基づいた未来シナリオは、大きな変化に遭遇するたびに、それを乗り越え適応して新しい社会を自ら作ってきた人間の力の可能性、そして未来への可能性を信じられるからこそ成り立つ、ありたいシナリオでありあり得るシナリオです」
ここ、大事なところだと思う。SINIC理論は「当てにいく予言」じゃなくて、混沌の中でも光を見失わないための羅針盤として設計されている。だからオムロンは、これを社内だけで使うのをやめてオープンソース化した(時期は2020年。公式サイトSINIC.media ABOUTの記載による。当日の講演では年に触れていません)。未来シナリオを社会と一緒に更新していく、という判断です。
そして立石さんが「これが裏メッセージです」と言った一言が、この日いちばん刺さりました。
立石郁雄さん
「ここは変容を起こすと、っていうのが結構キーで、この最適化社会の延長だと、ずっと自律・自然社会に行けないというのが裏メッセージです」
最適化社会の延長線上には自律社会も自然社会もない——ここまでが立石さんの説明です。では「真の変容」とは何か。後半のトークセッションでモデレーターの岩波さんが、「真の変容を遂げた人の比率が一定に届かないと次の社会には行かない」という原典の読み方を紹介しています。ただし立石さん自身は「真の変容が何かは、原典にあんまり細かくきっちりは書いてない」とも留保していて、その定義をその場の3人で探し直す時間が、後半のいちばんの山場になりました。
あわせて読みたい SINIC理論そのものは、2026年5月の緊急企画LIVEでも一度扱っています。あのときはUHIとマズローを重ねて「AIで仕事が消えたら人は幸せになれるか」を考えました → AIで仕事が消えたら?UHI×SINIC×天才性で読む生き方
もう少しだけ立石さんの話を足しておきます。2033年からの自然社会を、SINIC理論は「ノンコントロールの社会」と表現しているそうです。人と社会と技術と自然が全部つながって循環している状態で、「これが自分のもの」という所有の感覚から、いろんなものとつながった感覚であり方を決めていく——そういう意味のノンコントロール。1970年の原典には「テレパシーや幽霊が科学技術の問題として扱われる」とまで書いてあるそうで、会場でも「ちょっと怖い」と苦笑いしていました。
その手前の自律社会の姿も、ヒューマンルネッサンス研究所が解像度を上げて整理していました。経済は大量生産・大量消費の右肩上がりから成熟へ。マネジメントは「真」を追い求める形から、「善」や「美」を重視する形へ。社会システムは中央集権からローカルなネットワークへ。価値観は人間中心から、地球の生態系・生命系全体が主役へ。そして技術は「精神生態技術」と呼ばれ、人間の自立と自律に伴走して溶け合っていく側に回る、と。
最適化社会が私たちから奪った「7つの力」
弱った「7つの力」を並べると、こうなります。

2005年から2024年の20年間を、SINIC理論では「最適化社会」と呼びます。立石さんの総括はフェアでした。この20年は、自律社会に必要なタネを蒔いた時代でもある。IoT・SNS・AI・クラウドで分散自律の前提が整い、行政・企業・市民がデータ基盤の上で連携できるようになり、Z世代の多元性志向や共創・ケア・意味の重視といった新しい価値観が芽生えた。
でも同時に、宿題も置いていった。格差の拡大、分断の進行、脆弱性の増幅。そして4つ目が刺さる——「最適化の罠」による創造性と自律性の縮減。資料には「生成AIに代表される“最適解依存社会”」「同質化された判断、多元性の低下」と書いてありました。
中でも私が正座して聴いたのが「人間の弱体化」というスライド。7項目、全部に身に覚えがある。
- 認知能力・判断能力の弱体化(検索依存による知識保持低下、SNSによる判断力の分断)
- 身体性・自律性の弱体化(スマホ依存による姿勢悪化、自動化による身体負荷の低下)
- 社会性・対人関係能力の弱体化(対面の会話能力の低下、共同体の分断)
- 文化的・創造的能力の弱体化(「偶然の出会い」の減少、生成AIによる観察力の弱体化)
- 自己管理能力の弱体化(外部化・最適化依存)
- 社会的リスク耐性の弱体化(脆弱性の増大)
- 心の耐性・情動の弱体化
ただ立石さんは、これを嘆きでは終わらせなかった。こうならないようにするニーズこそがソーシャルニーズで、そこを解決するのが製品・サービス・事業・コミュニティの役割だ、と言い切ったんだよね。悲観じゃなくて設計課題として置く。この構えは、私も真似したいと思いました。
ちなみに私自身、AI自動化を進めるほど時間が消えていく逆説を90日かけて監査したことがあるんだけど、あれもまさに「最適化の罠」の一種だったなと、いま振り返って思う。
あわせて読みたい この「弱体化」の話、2024年8月の朝LIVEでも一度書いています。そのときのタイトルがまさに「人間退化論」でした → 50年前のSINIC理論が言い当てたAI時代の人間退化論
「何を最適化しないか」を人間が決め直す番になった
この章の転換点を、1枚にするとこうなります。

この日いちばん実務に効いたのが、このスライドです。矢印は「自然⇒自動 → 最適解 → 自律 → 自然」と進む。その下に一行だけ添えてある。
スライド「“最適解”の先に向かうパラダイム・シフト」
「何を最適化しないか?」を人間自身が設計し直す社会
資料の言葉を借りると、こういうこと。最高効率を選ぶ能力ではなく、参照軸(価値の基準器)を更新する能力が中心に来る。目的関数が先にあって人と社会がそれに従うのではなく、私たちが先に参照軸を定めて、その上で最適化を使いこなす。
立石郁雄さん
「今まで価値の基準がこうですっていうのを置いて、それに向かって能力を高めていくとか、みんなで頑張ろうっていう社会がずっと続いてきた。そうではなくて、自分たちでこれが価値だと、これをみんなで目指そうよという、内から湧き出るようなものを置いて、それに向かって生きていく。順番が逆になっているところが自律社会の革新だ」
これ、AIの使い方の話としてそのまま読めるんだよね。プロンプトをどう上手く書くか、どのモデルが速いか——これは全部「最適化」の側の話。でもその手前に、この仕事で何を削らないと決めるのかがある。そこが空白のまま最適化だけ回すと、速いぶんだけズレも大きくなる。
今日やる1アクション(所要10分)
手元の案件を1つ選んで、「この仕事で最適化しないもの」を1行だけ書く。完了条件は「削らないと決めたものが名指しで書けている」こと。書けなかった案件は、基準がまだ自分の外にあるサインです。
あわせて読みたい 「基準の側を人間が持つ」という話は、私の言葉だと「外れ値でいい」になります → AIに任せるほど、人間は「外れ値」でいい
AIは知識を作れる。でも「場」は作れない——SECI2.0が引いた線
AIと人間のあいだに引かれた線が、これです。

2人目は高山千弘さん。野中郁次郎さんに師事して、エーザイで知識創造理論を現在進行形で実装している方です。SECIモデル——共同化・表出化・連結化・内面化のスパイラルで、暗黙知と形式知を往復させるあの理論。名前は聞いたことがあっても、実装の話まで聴ける機会はなかなかないよね。
高山さんが何度も繰り返したのは、この一点でした。
高山千弘さん
「知が生まれるベースになるのは、人と人との関係性以外はないということです」
エーザイの実装が具体的で唸りました。就業時間の少なくとも1%を患者さんと過ごす。自分の平穏な生活とはまるで違う現場でショックを受ける(=共同化)。そこから内発的な動機を得て、メンバーと対話して概念にする(=表出化)。企業をまたいで戦略を作る(=連結化)。ここで高山さんが挙げた理由が鋭くて、普通は利害が違えば連結化は失敗するのに、すべての組織が「ある患者さんのために」という共同化を通っているから一致するんだ、と。そして実践して自分のものにする(=内面化)。この一周で、知だけじゃなく人が育つ。
そして本題。高山さんが「やっと出来た」と紹介したのが、AIを組み込んだSECI2.0です。
スライド「SECI2.0の開発:AIは人の知識創造をどう支えるか」
「AIは判断や意味づけを代替せず、記録・整理・問いのたたき台で支える」/「意味づけ・判断・関係づくりは人間が主体(Human in the Loop — 判断は人間、増幅はAI)」
高山さんが特に期待していたのが連結化のところ。「予想もしないような人をくっつける=クリエイティブペア。こういったものはAIだったらできる」と。私のAI秘書の凛ちゃんも、私が忘れていた3か月前の会話と今日の相談を勝手につないでくることがあって、あれはまさに連結化の支援だなと腑に落ちました。
後半のトークセッションで、立石さんがいい問いを投げます。AIと再生医療と核融合が進めば、人間の有限性——時間もエネルギーも——という前提すら崩れるんじゃないか。人間らしさの根拠が有限性だとしたら、知の創造はどうなるのか。高山さんの答えがこれでした。
高山千弘さん
「AIはおそらく情報を集めてくることができるし、不可能なものをある程度可能にすることはできるけれども、やっぱり人によったその場というのはできない。その場が何がすごいかというと、そこから意味を作ることができるんですね。AIは多分、意味は作れないですね」
料理に例えると、AIは世界最高の調理器具なんだよね。切るのも煮るのも私より速くて正確。でも「今日は誰と、どんな気持ちで、何を食べたいか」を決める食卓——それが場——を用意するのは、いまも人間だけ。私が「AIに委ねても味見は卒業しない」と言い続けているのは、たぶんここが理由だったんだと、この日はっきりしました。
あわせて読みたい 暗黙知は人と人のあいだで動く、という話は中小企業の現場の側からも書きました → 熟練者の暗黙知をAIに渡す|中小企業の“抱え込みOS”の外し方
目的はどこから来るのか——6歳までに書いた「人生脚本」を書き換える
目的の見つけ方を1枚にすると、こうなります。

ここから話し手が代わって、エーザイでナレッジクリエイション・フェローを務める高山千弘さんの番になります。高山さんは野中郁次郎氏に師事し、知識創造理論を現在進行形で企業の中で回している方です。そして開口一番に置いたキーワードが「生命」でした。
高山さんが最初に出したのは、人が自分の目的を見失う仕組みでした。人は生まれながらにライフパーパスを持って生まれてくる。ところが「お母さんお父さんに好かれよう」といった社会的適応をくり返すうちにそれを忘れ、6歳くらいまでに別の「人生脚本」を勝手に書き上げてしまう——という話です。
高山千弘さん
「私の感覚だと、もう95%の人はこの人生脚本の中で終わってしまう。これが一つのポピュリズムになったりする。これが一番良くない」
じゃあ書き換えるにはどうするか。ここで出てきたのがディファイニング・モーメント(決定的瞬間)でした。誰にでもある「ある人との出会いで人生が変わった」「あるイベントで変わった」という瞬間のことです。高山さんはこれを計画された偶発性と呼び、そこを丁寧に紐解いていくのが知識創造理論なんだ、と説明していました。
ところが私たちはなかなか過去に戻りたがらない。だからここを飛ばしてしまい、ライフパーパスがどんどん遠のく。哲学者ハイデガーの言う「みんなと一緒でいいや」に流されるのではなく、自分に落ちてきた良心の呼び声を拾いにいく。その源泉をつなげたものが、その人のライフパーパスになる——という組み立てでした。
ちなみに源泉には肉体系・感情系・思考系・精神系の4つの系統がある、という整理も出ていました。自分の決定的瞬間がどの系統から来ているかを見ると、探す手がかりになります。
高山さんはこれを机上の話ではなく臨床の場でやっています。数百人以上の患者さんと「共同化」をやってきたそうです。なぜ自分がこの病気にならなければいけないのか、と問う人が、共同化を通じて良心の呼び声に気づき、自己共感が起きて、「この病気の意味は自分にこういう示唆を与えてくれるんだ」と受け取り直し、そこから新しいライフパーパスが立ち上がる。実際に経験している、と語っていました。
そして、ここが企業経営の話につながります。パーパスというと、ふつうはCEOが決めて全社に降ろすものだと思われている。でも野中先生はそうじゃないと言う、と高山さんは続けました。
高山千弘さん
「一人一人の社員のライフパーパスをそこで確認して、それの積み重ね、行ったり来たりのアブダクションをやりながら、それが実現したときに初めて企業のパーパスになる。これがパーパス理論だというのが野中先生の考えです」
エーザイでは、就業時間の少なくとも1%を患者さんと会う時間に充てているそうです。自分の平穏な生活とはまったく違う現場でショックを受ける。それが自分自身のライフパーパスに気づくきっかけになり、そこで得た内発的な動機をメンバーとの対話にかけて、ソリューションにしていく。自分のライフパーパスに目覚めていない限り、企業のパーパスは実現できない——それが今日いちばん言いたいことです、と高山さんは締めました。
私はここで手が止まりました。ビジョンやミッションを先に整えて、あとから社員に浸透させようとする。それ、順番が逆かもしれない、と。
いのちの与贈循環——人は場からいのちをもらい、場に返している
与贈循環は、図にするのがいちばん早い。

高山さんは講演の最初に、全体の地図を1枚出していました。これから人類は知識社会から生命共存社会へ移っていくのではないか——その道筋を5段階で描いた図です。
①生命の経験 → ②意味生成 → ③知識創造 → ④生命創造 → ⑤生命共創。高山さんいわく、①〜③のプロセスがそのまま知識創造理論であり、ここを通ることで自分のライフパーパスを掘り出し直せる。そして④⑤が、場の理論を使って生命創造から生命共創へ向かう部分。つまり05章のライフパーパスと、この06章の場の話は、1枚の地図の前半と後半だったわけです。
高山千弘さん(00:38:20)
「知識創造理論というのは、ベースは人と人との関係性です。一人では全く知を作ることはできない。人と人との関係性の中から、この場から知が生まれてくる」
高山さんの講演で、いちばん聞き慣れない、でもいちばん芯にあったのがこの話です。土台にあるのは、清水博氏と野中郁次郎氏の「場」という理論でした。清水氏は「人間は生命の場の中に存在する、場が生命を与えてくれている」と言い、野中氏は「知識は場から出てくる」と言う。入口は違うのに、どちらも場を土台に置いている。
高山千弘さん
「AIは知識は作れますけど、ないものがあります。人間だけが場を作ることができるんです。場を作るということは、そこから意味を創出することができるということなんですね」
ここで言ういのちは、心拍や呼吸のことではありません。高山さんの定義は「自分の存在を継続していこうという能動的な働き」。それを人は、人にではなく場に与える(与贈する)。すると場が自己組織化していのちで溢れ、溢れたいのちが今度は一人ひとりに返ってくる。これがいのちの与贈循環です。
分かりやすい例として家庭が出てきました。素晴らしい家庭とそうでない家庭の違いはどこにあるか。いのちを与贈しているかどうかだ、と。他者のために働き、思いやりを持ち、代償を求めない働きかけを一人ひとりがしていくと、その場がいのちで溢れてくる。
そして二重生命。自分の体だけがいのちだと考えるのが一重生命で、場にもいのちがあって自分は場に守られている、と考えるのが二重生命。私たちの体が60兆個の細胞でできているのと同じ入れ子構造が、人と場のあいだにもある、という話でした。
抽象的に聞こえるかもしれませんが、高山さんはこれを社会実装しています。ひとつがリビングラボ。図をよく見ると、真ん中にいるのは企業ではなく住民です。企業はあくまで基盤を作る役割で、住民が中心になって自立型の地域包括システムを作っていく。これを全国のいくつかの地域で実際に走らせている、と紹介がありました。
もうひとつがSECI 2.0——AIを組み込んだSECIモデルです。ここでAIの担当範囲がはっきり言葉になりました。
高山千弘さん
「AIは判断や意味付けはやりません。すべて人間が決断とか意味付けをします。しかしながらAIが、場合によっては観察者であったり、コメンテーターであったり、こういったものの役割を持ちながら、特に連結化では予想もしないような人をくっつけるわけですね。これがクリエイティブ・ペアといいます」
つまりAIは、知の循環を速くする側にいる。回すかどうか、意味をどう置くかは人間側にある。この線引きが、記事のタイトルにした「AIは知識を作れても場は作れない」の中身です。
この日いちばん驚いたのは、終盤に出てきた医療の話でした。統合失調症の患者さんについて、その人の体や心に問題があると捉えるのが今の西洋医療。それに対して、その人を支える「間」に異変が起きていて、その影響を受けていると捉える見方がある、と高山さんは紹介しました。この「間」こそが場だ、と。
高山千弘さん
「人が2人いたときに、ある人がもう1人の人に与贈するんじゃないんです。場に与贈するんですよ。場に与贈するってことは、これはやりやすいんです。人に与贈すると言うと、これはなかなか難しいんですね」
例としてイタリアが挙がりました。イタリアには精神病院がない。全部なくして、地域でその人を支えている。地域の「間」を良くすることで成果が出ている、と。※ここは登壇者の紹介であり、私が裏取りをした医療情報ではありません。関心があれば一次情報にあたってください。
高山さんはこの方向を、哲学者ベルクソンの言葉でも位置づけていました。いま私たちは「自分さえ良ければいい」という閉じた社会にいる。そうではなく開いた社会へ持っていこう、というのがベルクソンの考えだ、と。人類は一度だけ開いたことがあるけれど、また閉じてしまった。ではどうするか——一人ひとりがエラン・ヴィタール(高山さんは「宇宙から来る愛」と説明していました)に向かって努力するしかない。共存在社会の方向性は、たぶんこれではないかと思って実行しています、と語っていました。
人にではなく、場に与える。私はこれを聞いて、自分の家庭とチームのことを考えました。誰か個人を励まそうとすると気恥ずかしいし、相手も構える。でも「場を良くする」なら、今日からでもできる気がしたんだよね。
財布と時間の5%——「文化的価値」から始める一歩
文明的価値と文化的価値の関係を、1枚に。

3人目は武井浩三さん。20年前から自律分散型組織をやってきた社会システムデザイナーで、開口一番「今日の話は答え合わせという感覚が強い」と言っていたのが印象的でした。その武井さんが持ち込んだ補助線が、文明的価値と文化的価値です。
| 文明的価値 | 安心・安全・便利・快適・合理的・効率的。お金や数値で測りやすい |
| 文化的価値 | 祭り、畑、一緒に飲んで食べること。測りにくいし、むしろお金がかかる |
| 結論 | 人が「生きている質感」を感じるのは文化的価値の側。ここを土台に、文明的価値を乗せなおす |
武井さんは世田谷でNPOをやっていて、祭りと畑を8年続けている。この話が具体的でよかった。畑って小さくても自然の摂理で動いているから、自然を媒介にすると人と人の距離感まで自然になるんだって。雑草に「伸びるな」と言っても意味がないのと同じ心持ちで人と向き合うようになるから、相手に過剰な期待をしないし、困っていたら助ける。
結果として、うつで3年間家から出られなかった方が畑に通うようになって健康を取り戻し、いまはフリースクールの施設長として子どもたちに絵を教えている。その人が言った言葉が、この日いちばん胸に残りました。「この畑は野菜を作ってるんじゃない、人の人生作ってんだ。僕は人生を取り戻した」。
武井さんはこうも言っていた。街に対する満足度と相関するのは、コンビニの近さでも24時間スーパーでもなく友達の数だ——武井さんが当日紹介した研究では、そうなっているそうです(研究名・調査主体は当日示されていないので、ここは伝聞として読んでください)。だから街づくりとは友達づくりで、だから祭りをやっている、と。祭りは短期では非合理に見えるけど、自然界は1000年・1万年単位では極めて合理的で、祭りがあることで街は持続してきた。
そして最後の一歩が、拍子抜けするほど小さい。
武井浩三さん
「財布の5%をギフトマネーに変えるとか、自分の時間の5%ぐらいでいいから、利他的というか、自分がやりたいと思っている利他的な行為をしてみるとかね。別に95%今まで通り頑張って、生活のためにやってれば全然良くて、人によってその比率が変わってくるだけの話なんですよ」
モデレーターの岩波直樹さんも、閉会でこう締めていました。大衆を動かさないと世界は変わらないと思いすぎると、統一の発想になって、結果として暴力が生まれる。一人ひとりが今日聞いたことで少しずつ行動を起こすほうが、逆に不可逆な変化が訪れる。革命のやり方だと、また次の革命が起きるだけだから、と。
あわせて読みたい 測れる価値と測れない価値の分け方は、私は「縄文と弥生」という言い方でも書いています → 「神様ポジション」という委ね方──縄文を生きる人間、弥生を担う分身AI
指示命令しない会社を12年——武井さんが実地でやったこと
事故が起きたときの動き方の違いを、1枚に。

祭りと畑の話をした武井浩三さんは、もともと自律分散型の会社を実際に経営してきた人です。2007年から「指示命令しない会社」を始めて、12年経営した。しかもその12年間、企業理念を明文化しなかったそうです。
武井浩三さん
「一人一人が自分の命を全うするっていうことを最重要事項として会社のど真ん中に置いたときに、会社の理念いらなくね、ってなって……12年間、企業理念なし。なしというか言語化しない」
代わりに何をしていたか。「あなたは何がしたいんですか」をひたすら対話し合う。理念は事業そのものであり、顧客からクレームが来たときにどう対応するかが自分たちの理念だ——そう言って、めちゃくちゃ話し合っていたそうです。採用広告を出すときはキャッチコピーが無くて超めんどくさかった、とも笑っていました。
この組織の強さが出たエピソードとして語られたのが、顧客の不動産データを全部飛ばしてしまった事故です。ヒエラルキー組織と違って自律分散型は責任の所在が固定されていないので、「これ誰のせいだ」から始まらない。
武井浩三さん
「実際にその作業の途中で飛ばしちゃったエンジニアがいたんですけど、誰も彼のことを責めようとしなくて。なぜならそのプロセスにみんな関わってるんで……いやお前悪くないから、たまたま今回お前だったけど、他の人だったかもしれない、みたいな」
議論は「なぜ起きたのか」と「まず顧客に何ができるのか」に集中し、謝罪には会社の顔として武井さんが出向いた。そして再発防止の体制づくりは、自律分散なので武井さんがほとんど何もしないまま、現場が自分たちで設計していったそうです。
なぜそこまで振り切れたのか。武井さんの決定的瞬間は、ダイヤモンドメディアの一つ前に起業した会社を倒産させた経験でした。
武井浩三さん
「借金作ったりして、お金の苦労も本当にすごく大きかったですけど、でも友達を巻き込んじゃって、友達の人生を結構めちゃくちゃにしちゃったんですよね。その時に、俺、何のために仕事してんだろうって」
そこで優先順位がはっきりした。友達の人生をめちゃくちゃにしてまで金も地位も名誉もいらない、彼らと一緒にやれていたら一番いい、その上でお金が回ったら万々歳——だから社長選挙をやり、給料は全員自分で決め、会社のルールは「命令してはいけない」の1個だけにした。
そして武井さんは、この変化を成人発達理論・スパイラルダイナミクスの言葉でも整理していました。オレンジ/グリーンのパラダイムとティール以上のパラダイムは明確に違う。その分かれ目は利己か利他かで、マズローが晩年に第6段階として置いた自己超越こそ人類が越えるべきところだ、と。
そのうえで出てきた指標が、あの5%です。「稼ぎ方は能力、お金の使い方は人格」。どれだけ分かち合っているかを自分の物差しにする、という話でした。
後半66分のトークセッション——見どころ8場面(タイムスタンプ付き)
スライドのない66分に、何が出てきたか。

ここで登壇の形が変わります。準備された講演は立石さんと高山さんの2本(前半の約47分)で、00:57過ぎに岩波さんが「ここから4人でのトークセッションに移っていきます」と宣言。ここから約66分が4人のトークです。武井さんの祭り・畑の話も、この会社の話も、すべてこのトークの中で出てきたものです。スライドはほぼ出ず、映像は固定カメラのまま——だからこそ、いちばん生っぽい話がここに集まっていました。記録の時刻とあわせて8場面を残しておきます。
① 01:03:52〜「真の変容」って結局なんだ? 岩波さんが「真の変容を遂げた人の比率が一定に届かないと自律社会には行かない」という原典の一節を持ち出し、そこから約8分、3人で定義を探し直します。
立石郁雄さん(01:07:53)
「真の変容を遂げるっていうのは、あんまり細かくきっちりは書いてないんですけど……僕はまだそこまで行ってないんで。やっぱり自分のために生きるっていう領域から、次の、自分の命が仲間とか宇宙とかいろんなものとつながっているんだっていう感覚で、そういう目的で生きる人、という感覚かな」
② 01:06:36〜 立石さん自身も探している最中 「人はパーパスを持って生まれる、というのを、実は今、自分がストラッグルしているタイミングなんですよ」。SINIC理論を紹介する側の人が、自分もまだ見つけている途中だと明かした場面です。理論を掲げる人が完成品の顔をしない。これが私はいちばん好きでした。
③ 01:17:54〜 武井さんの「理念を言語化しない12年」(08章に詳述)。
④ 01:24:50〜 倒産という決定的瞬間(08章に詳述)。この倒産の話を引き出したのは立石さんでした(01:23:21〜)。最初の一歩を踏み出したきっかけは何だったのか、高山さんの言うディファイニング・モーメントは何だったのか——そう問いかけて、前半の理論と後半の実体験をその場で結び直しています。
⑤ 01:35:13〜 いのちは多重だ 武井さんが、命は単体ではなく地球・森・自然・植物・細胞に支えられている、と展開。自分を大きな場の細胞として捉えると、戦争による損失の見え方も変わってくる、という話でした。
⑥ 01:45:05〜 AI時代に価値が上がる人、下がる人 情報を右から左へ伝えるだけのミドルの付加価値は無くなる。逆に上がるのは、答えのない問いに対して意思決定する人と、言葉やデータにできない現場の一次情報を持つ人——という議論です。ここから話は、言語より前にあったコミュニケーションへ飛びます。
武井浩三さん(01:47:56)
「認知革命っていうのは言語が生まれたことによる革命なんですけど、認知革命の前に共感革命があったっていうんですね。これが非言語コミュニケーションで、音楽的コミュニケーション。そのベースが祭りとか、こういう場とか」
⑦ 01:50:11〜 会場からの質問「外国人との分断はどうする?」 地域に外国から働きに来た方が増えていて、いま分断が見える。10年後、子どもたちの世代でどんな場を作ればいいのか——という参加者キムさんの問いでした。この日で唯一の本格的な質疑です。
高山さんは、南アフリカのアパルトヘイト下で対立する当事者同士にナラティブ(自分の物語)を語らせて場を作った実践例を挙げ、聞き合う中で共通点が見え、つながりが立ち上がると答えました。立石さんの答えはもっと身体的で、「一緒に祭りで踊る、一緒に畑をやる。言葉や制度や役割よりもっとベースのところがつながる。ラグビーを一緒にやった外国人は国籍関係なく一生の仲間ですもん」。
そして武井さんが、前提そのものを疑いました。人類は数千年、争いをなくすには統一しなければいけないと思ってきた。でもそうではなく、違いを前提にした社会のほうへ行くべきではないか、と。統一ではなく、違いから学び合う。ここは今日の議論で最も現実の社会に触れた瞬間でした。
⑧ 02:00:21〜 場としての医療(06章に詳述)。イタリアの地域支援の例まで含めて、場の理論が最後に医療の現場へ着地します。
※このダイジェストは自動文字起こしをもとに私が要約したものです。言い回しは実際の発言と細部が異なる場合があります。時刻は記録動画の経過時間です。
よくある質問
Q. SINIC理論って、要するに未来予測が当たるかどうかの話ですか?
A. 当日の説明では違いました。的中率を競う予言ではなく、「ありたいシナリオでありあり得るシナリオ」として設計された羅針盤だ、という位置づけです。だからオムロンは2020年にオープンソース化して、社会と一緒に更新していく方針に切り替えています。
Q. 自然社会って、技術を捨てて自然に帰るという意味ですか?
A. 資料には明確に「技術拒絶」「自然回帰」ではないと書かれていました。前提となる人工物・情報・制度を含めた“自然性の再設計”だと定義されています。自然のメカニズムを、いまの社会にインストールし直すイメージですね。
Q. SECIモデルとPDCAは何が違うんですか?
A. 高山さんの説明では、PDCAは全部が形式知(言葉にできる知)の組み立てなのに対し、SECIは暗黙知=潜在意識の側から始まる、という違いです。暗黙知と形式知のスパイラルアップがあって初めてイノベーションが起こる、と話していました。
Q. 「場」って、結局オフィスに集まれということですか?
A. 場所そのものより、人と人の関係性のほうが本体という話でした。家庭も、畑も、コミュニティも場になる。高山さんは「家庭を場として意識すると、今日は妻と共同化したかな、心を開いて喜怒哀楽を受け止めたかな、というところから始まる」という例を挙げていました。
Q. 明日から何を1つやればいいですか?
A. 武井さんの提案がいちばん小さくて始めやすいと思います。時間かお金の5%を、利他的だと自分が思える方に回してみる。残り95%は今まで通りで大丈夫。あとは、手元の案件で「最適化しないもの」を1行書くのも10分でできます。
まとめ
2時間11分、情報量は正直めちゃくちゃ多かった。でも3人の話には、私には1本の共通線が見えました。順序を入れ替えろ、ということ。(これは私の読み方で、3人が同じ結論を述べたわけではありません。立石さんの中心は参照軸の更新、高山さんの中心は生命と場、武井さんの中心は自律分散と分かち合いです)
立石さんは「基準を先に決めてから最適化を使え」と言い、高山さんは「企業のパーパスの前に一人ひとりのライフパーパスがある」と言い、武井さんは「文化的価値の上に文明的価値を乗せろ」と言った。全部、順番の話なんだよね。
AIが速くなればなるほど、順番を間違えたときのズレは大きくなる。だからこそ、いま止まって「私は何を最適化しないのか」を書いてみる価値がある。10分あれば書ける。それが、2033年に向けた私の一歩目です。
ひろくんコラム:私が「味見」をやめない理由が、やっと言語化された
私の「味見」が何だったのか、この1枚でようやく腑に落ちました。

私はAIに、かなりの範囲を委ねています。記事の下書きも、調査も、画像も、仕組みづくりも。それでも最後の「味見」だけは、どうしても手放せずにいました。理由をうまく説明できなくて、こだわりが強いだけかな、と思っていた時期もある。社長無人化計画で「私は味見だけしている」と書いたときも、その味見が何なのかは説明できていませんでした。
今回、その理由に名前がつきました。AIは知識を作れても、場は作れない。味見って、出来上がったものを検品する作業じゃないんだよね。「これは誰に、どんな気持ちで届くのか」を決める行為だった。つまり意味を作る側の仕事で、そこはAIの担当じゃなかった。
思い返すと、うちのAI秘書の凛ちゃんが確認前に動いて見落としを起こした日も、問題は能力じゃなくて順序でした。速さは十分あった。足りなかったのは「ここは人間が決める」という線引きのほう。AIの自動化を進めるほど時間が消えていく90日監査の逆説も、いま思えば同じ構造だったんだと思う。
それと、もうひとつ刺さったのが「弱体化」の7項目。私は50kg痩せた経験があるから、体の話は身にしみるんだよね。悪いことこそ宝物で、しんどかった時期があるからこそ分かることがある。あの7項目は、便利さと引き換えに私たちが渡してしまったものの一覧表でした。全部を取り戻すのは無理でも、1つだけ選んで週1回「手でやる日」を作るくらいなら、明日からできる。
競争より共創。人間は縦に掘って、AIは横に広げる。今回の2時間は、その言葉の裏にちゃんと理論があったと教えてくれた時間でした。
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暗黙知をどう溜めてAIに渡すか、私自身の実装編
参考リンク
SINIC理論の公式情報サイト。S字カーブや各社会の定義はここで読めます
1970年の発表経緯と、社会と共有していく方針について
登壇された武井浩三さん・岩波直樹さんが関わる会社。ギフトマネーの話はここにつながります
📌 今回紹介したイベント
| イベント | 第36回 ONE HUNDRED GIFTS「#SINIC理論 × #知識創造理論 ─ 人類はどこへ向かうのか? 人、組織、社会はどう変わるのか?」 |
| サブテーマ | テクノロジーと人間性の再統合に向けて |
| 開催 | 2026年8月6日(木)19:00〜21:00/オンオフハイブリッド・参加費無料 |
| 主催 | 大企業未来共創活動態GIFT / SINIC実践コミュニティ |
| 登壇 | 立石郁雄さん(ヒューマンルネッサンス研究所 代表取締役社長)/高山千弘さん(エーザイ ナレッジクリエーション・フェロー、ノックオンザドア共同創業者)/武井浩三さん(社会システムデザイナー)/岩波直樹さん(大企業未来共創活動態GIFT 発起人・モデレーター) |
※本記事のうち、講演内容に関する引用・数値は当日の講演および投影スライドに帰属します(私自身の実践や数値はこの限りではありません)。登壇者の発言は自動文字起こしをもとにしているため、固有名詞や言い回しに誤差が含まれる可能性があります。イベントのアーカイブ動画は限定公開のため、本記事ではリンクを掲載していません。
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