BOOK REVIEW

無理ゲー社会の要約と書評|橘玲が描く格差社会を全章解説

家事と子育てのスキマで経営する3方よしAI共創コンサルタントの田中啓之、ひろくん(@passion_tanaka)です。

今回は、橘玲さんの『無理ゲー社会』(小学館新書、2021年)を取り上げます!

「無理ゲー」は、攻略がきわめて難しいゲームのこと。著者は、多くの人がそんなゲームに放り込まれたと感じているのではないか、と問いかけます。

この記事では、はじめにからあとがきまでを、章の順に一度ずつ解説します。章の主張と噛み合う所にだけ、私自身の言葉を置きました。

本の数字や制度の話は、2021年に書かれた当時の著者の主張として紹介します。今の統計とは照らし合わせていません。

3行でわかるポイント

  • 本書の診断:自由が広がった結果、「自分らしく生きる」こと自体が一人で攻略する課題になった
  • 知能・お金・性愛・評判の格差を順にたどり、制度の処方箋の限界まで示す
  • 社会の構造の話と、自分の手が届く話を分けて読むと、手元で使える本になる
『無理ゲー社会』の背骨を、知能・お金・性愛・評判の四つの段がある地形として描き、頂上に「たった一人で」、ふもとに「一人で抱えない読み方」と置いた全体図
図1|『無理ゲー社会』の背骨を、知能・お金・性愛・評判の四つの段がある地形として描き、頂上に「たった一人で」、ふもとに「一人で抱えない読み方」と置いた全体図
橘玲『無理ゲー社会』の表紙

無理ゲー社会

橘玲 著

Amazonで本書を見る

※Amazonアソシエイトのリンクです。リンク経由でご購入いただくと、当サイトに紹介料が入ります。

なぜ今『無理ゲー社会』を紹介するのか

夜の机に本と一台のパソコンが置かれ、窓の外に朝の光が差し始める場面図。「盤面の見立て」「一人で抱え込む」のラベル入り
図2|夜の机に本と一台のパソコンが置かれ、窓の外に朝の光が差し始める場面図。「盤面の見立て」「一人で抱え込む」のラベル入り

理由は単純で、盤面の見立てがとても鋭い本だからです!

私が届けたい相手は、仕事も家庭も一人で抱え込んでしまう経営者です。自分が頑張らないと全部止まる。そう思い込んで、夜中まで一人でパソコンに向かう人です。

本書のあとがきには、困難なゲームをたった一人で攻略するしかない、という一文があります。

この一文は、一人で抱え込む人の姿にそのまま重なります。

この記事では、本の診断と私の経験が重なる所、分かれる所を、本の論旨に沿って確かめていきます。

といっても、本の結論を私の気持ちで書き換えるつもりはありません。制度の問題は、制度の問題です。

そのうえで、制度の処方が届かない所で、一人の手元に何を持っておけるか。そこを考える記事にしました。

あ、先にお伝えしておくと、本書は自殺や無差別事件も扱う重い本です。読んでいてつらくなったら、本を閉じて、身近な人と話してくださいね。

『無理ゲー社会』の背骨|「自分らしく生きる」が一人で攻略する課題になった

一本の木の根に「リベラル化」、幹から三本の枝「世界が複雑になる」「中間共同体が解体する」「自己責任が強調される」が伸び、梢に「メリトクラシー」がある図
図3|一本の木の根に「リベラル化」、幹から三本の枝「世界が複雑になる」「中間共同体が解体する」「自己責任が強調される」が伸び、梢に「メリトクラシー」がある図

本書の背骨を、ひと言でまとめます!

自由が広がった結果、「自分らしく生きる」ことが社会のルールになりました。そのルールのもとで、成功も失敗も自己責任になり、一人で攻略するしかなくなった。これが著者の診断です。

著者はこの流れを「リベラル化」と呼びます。政治の立場の話ではありません。自分の人生は自分で決める、という価値観のことです。

リベラル化が進むと、人間関係は複雑になり、地域や会社の共同体はほどけ、自己責任が強く言われるようになる。

そこから話は、知能の格差、お金の格差、性愛の格差、評判の格差へと進みます。

後半では、ベーシックインカムや超富裕税などの処方箋が、一つずつ検討されます。行き着く先は、お金は分け直せても、評判は分け直せない、という限界です。

読み通して明るくなる本ではありません。著者自身、この残酷な世界を生き延びていくほかはない、と書いて本を閉じています。

だからこの記事では、二つを分けて読みます。社会の側の構造の話と、一人ひとりの手が届く話です。

『無理ゲー社会』全章の要約と解説|はじめにからあとがきまで

すごろく盤のような道に「はじめに」からPART1〜4、「エピローグ」「あとがき」までのマスが並び、各マスに章の要点語を置いた全章マップ
図4|すごろく盤のような道に「はじめに」からPART1〜4、「エピローグ」「あとがき」までのマスが並び、各マスに章の要点語を置いた全章マップ

ここからは、はじめに、全8章、エピローグ、あとがきを、本の順に見ていきます。本書は4つのPARTに分かれ、各PARTに2章ずつ入っています。

はじめに「苦しまずに自殺する権利」を求める若者たち

本書は、2020年1月に集められた投稿から始まります。コロナ禍の前です。

参議院自民党の勉強会のために、山田太郎参議院議員がSNSで将来の不安を募集しました。5日間で1741名が投稿し、著者は講師として招かれてこのアンケートを知ります。

いちばん多いのは経済的な不安でした。年代ごとに、年金や社会保障、安楽死・尊厳死、老後や孤独死へと不安が移っていく、と著者は書きます。

著者が注目したのは、安楽死・尊厳死を求める声の多くが、不治の病を告げられた時の自己決定ではなかったことです。

著者はこれを、単なる生きづらさではなく、もっと暴力的で対処できない現実だと見ます。

次に、議論の土台として二つの言葉を分けます。全員が同じスタートラインから走るのが「公平」。全員が同時にゴールするのが「平等」です。能力に差がある限り、この二つは両立しない、と著者は言います。

ひとびとが理不尽だと思うのは「不平等」ではなく「不公平」なのだ。

そのうえで、格差の問題を二つに絞ります。競争の条件が公平でないと感じる人がいること。そして、同意なく競争に参加させられること自体を理不尽だと感じる人が、声を上げ始めたことです。

本書は、この理不尽なゲームの構造を解き明かす試みだ。そう宣言して、本編に入ります。

なお、ここで扱われているのは2020年1月の募集です。今の若者の意識調査として広げずに受け取ってください。

第1章『君の名は。』と特攻(PART1「自分らしく生きる」という呪い)

PART1のタイトルは「「自分らしく生きる」という呪い」です。

第1章では、知覧を訪れたり、特攻隊員の遺書を読んだりして人生が前向きになった、という体験談が紹介されます。著者はこれを、歴史の文脈を外した「回心」の体験として読みます。

『天気の子』で、主人公が世界を救うより一人の少女を選ぶ場面も、自分らしく生きることを選ぶ宣言だと位置づけます。

ここで本書の「リベラル」が定義されます。大事な所です!

ここでいう「リベラル」は政治イデオロギーのことではなく、「自分の人生は自分で決める」「すべてのひとが〝自分らしく生きられる〟社会を目指すべきだ」という価値観のことだ。

マズローの欲求5段階説や世界価値観調査をもとに、豊かになるほど人は自分らしさを求めるようになる、と著者は述べます。

その影として、夢を持つことを強いられる若者の姿が出てきます。誰もが自分らしく生きる社会では、夢は一人ひとりが持つしかない。だから夢があふれる、という見立てです。

つながりの話も大事です。著者は人間関係を、愛情空間・友情空間・貨幣空間の三層で捉えます。

人は孤立しているのではなく、つながりすぎて薄まっている。友情空間が縮むと、家族や恋人の比重が増え、お金でやり取りする領域が広がる、と著者は書きます。

三重の輪を左右に並べた概念図。右では真ん中の友情空間が細くなり、内側の愛情空間と外側の貨幣空間が広がる。外へ伸びる細い線が多く、つながりすぎて薄まる様子も示す
図5|三重の輪を左右に並べた概念図。右では真ん中の友情空間が細くなり、内側の愛情空間と外側の貨幣空間が広がる。外へ伸びる細い線が多く、つながりすぎて薄まる様子も示す

章の終わりには、リベラル化が起こす変化として、世界が複雑になる、中間共同体が解体する、自己責任が強調される、が並びます。地域や会社の共助が消えれば、自助と公助しか残らない、という整理です。

私の場合|会社が大変な時に帰った実家と、紙とペン

共助がほどける、という話の隣に置きたいのは、私が2026年7月31日の魂磨きで残した答えです。

人生で初めて安心安全だと感じた場面を聞かれて、私は「おいしいごはん、風呂、飯、布団、愛のある実家」と答えました。

続けて書いたのが、「会社が大変な時に実家に帰って風呂も飯も布団もあるって幸せだと染みた。」です。

帰る前と後で体はどう変わったか。その答えは「ほっとする。前むける。」でした。

そのあと最初にしたことを聞かれて、私は「紙とペンで頭の中を吐き出す。俯瞰して自分を見る。」と答えています。

本の整理でいえば、制度でも市場でもない所にあった支えです。ただ、これは私一人の場面です。共助がほどけていく社会の流れを覆す話ではありません。

第2章「自分さがし」という新たな世界宗教

第2章の主人公は、チャールズ・ライクという人物です。1960年代後半に西海岸で起きた文化革命の旗振り役で、今ではほとんど忘れられています。

ライクの思想そのものには価値がない。著者はそう言い切るんです!

それでも取り上げるのは、ライクが「自分らしく生きる」価値観への転換を体験した最初の世代で、その驚きを書き残しているからです。

ライクは、イェールの法学教授になった超エリートでした。ところが、競争をよしとするエリート集団の価値観になじめず、自分の性的指向も認められずに苦しんでいた、と著者は描きます。

1967年の夏をバークレーで過ごし、人目を気にせずに街を歩けた。著者はこの体験を「回心」と呼びます。ライクはその後、職を退き、読者を内面の自分さがしへ誘いました。

後半は、社会心理学の「二重のアイデンティティ」で整理します。社会の中の自分と、個人としての自分がずれる人ほど、どこかに本当の自分がいるはずだと探し始める。

多様性が受け入れられるほど、このずれは小さくなり、探すべき自分は消えていく。これが自分さがしが陳腐になった理由だ、と著者は述べます。

ただし、誰もが本当の自分を生きられるようになったわけではない。より深い分断線が引かれた、と著者はPART2へつなぎます。

この章には、人は集団に溶け込みながら、集団の中で目立とうともする、という一文もあります。これは最後のコラムで取り上げます。

第3章 メリトクラシーのディストピア(PART2 知能格差社会)

PART2は「知能格差社会」です。第3章のキーワードはメリトクラシー。能力と業績で人を評価する社会のことです。

学歴・資格・経験は、努力で手に入るとされるから公正だと見なされる。その裏にある、教育で学力はいくらでも伸びる、努力すれば夢はかなう、という信念を、著者はリベラルな社会の最大の神話と呼びます。

ここで登場するのが、マイケル・ヤングの『メリトクラシー』です。実はこれ、社会学の論文ではなく、2034年のイギリスを描いたディストピア小説なんです!

ヤングは、公正な公教育が続くと、子どもが知能で選り分けられ、差が広がると予想しました。教育は階級社会を壊す一方で、知能による格差を広げる、という見立てです。

著者は、ヤングが生涯学習やベーシックインカム、ロボットによる下働きまで小説に描いていた、と紹介します。

メリトクラシーは貴族政(アリストクラシー)より公平だが、だからこそより不平等で残酷だとヤングは考えた。

身分制なら、うまくいかない理由を制度のせいにできます。ところが機会が開かれた社会では、地位が低いのは自分が劣っているからだ、と認めざるを得なくなる。ここが残酷さの正体です。

左は身分制の門の前で、うまくいかない理由が制度へ向く場面。右は全員が同じスタート線から走り、着いた場所に差が残り、後ろにいる人の理由がその人自身へ向く場面。機会が公平に開かれているからこそ、結果の低さを自分のせいとして引き受けざるを得なくなる、という著者が紹介するヤングの見立て
図6|左は身分制の門の前で、うまくいかない理由が制度へ向く場面。右は全員が同じスタート線から走り、着いた場所に差が残り、後ろにいる人の理由がその人自身へ向く場面。機会が公平に開かれているからこそ、結果の低さを自分のせいとして引き受けざるを得なくなる、という著者が紹介するヤングの見立て

後半は、サンデル『実力も運のうち』の検討です。著者によれば、サンデルは成功を本人の手柄とする考え方を批判しています。

一方で、生まれの運の不公平を再分配で埋めようとすると、支援を受ける資格を国家が問いただしたり、支援を受ける人を無力な犠牲者として扱ったりする問題が出る。著者はサンデルのこの指摘を紹介し、環境で決まると見ても遺伝で決まると見ても出口がない、と述べます。

サンデルの処方箋についても、問題の大きさに比べて力不足だ、と著者は評価しています。

第4章 遺伝ガチャで人生が決まるのか

第4章は、さらに踏み込みます。

研究を引きながら、人は有能な相手に惹かれ、無能な相手を避けるようにできている、と著者は言います。メリトクラシーは人間の本能だ、という主張です。

知識社会で重く見られるのは知能で、その分布には大きなばらつきがある。著者は2011〜12年の国際成人力調査などを引いて、事務の仕事に必要な読み書きや計算の力を持たない大人が少なくない、と指摘します。

続いて、行動遺伝学の3原則が紹介されます。

本書の説明では、遺伝率は、外見や性格などのばらつきを遺伝でどれだけ説明できるかの指標です。そして、遺伝と子育て以外の何か、非共有環境の影響が大きい、という第3原則こそ重要だと強調します。

その何かの代表が、友だち集団です。親の影響が大きいのは幼い頃までで、子どもは教育以外の時間の多くを友だちの中で過ごす、と著者は書きます。

この章で外せないのは、「頑張れない」を許さない残酷さの節です!

知能で人を選ぶのはやめよう、と言うと、代わりに「頑張っているか」という性格で人を選ぶことになる。テストの点で並べられるのと、人間性を否定されるのと、どちらが残酷か。著者はそう問います。

章の最後、平均付近の人にとっては氏が半分、育ちが半分だとして、著者はこう書いています。

自分の手で運命を(ある程度)切り開いていくことはできるはずだ。

遺伝率は集団のばらつきについての数字です。一人の人生の何割が決まっているかを示すものではありません。この点はFAQでも触れます。

左に背丈や形の違う人々が並び、その違いの幅に「集団のばらつき」と付けた群れ、右に一人が歩く曲がった道。間に「≠」を置き、遺伝率は一人の人生の割合ではないと示す概念図
図7|左に背丈や形の違う人々が並び、その違いの幅に「集団のばらつき」と付けた群れ、右に一人が歩く曲がった道。間に「≠」を置き、遺伝率は一人の人生の割合ではないと示す概念図

私の場合|体の一部分で、ありのまま全体を否定されたこと

頑張っているかで人を選ぶ、という本の話は、知能や努力の話です。私の答えは、知能の話ではありません。それでも、一部分で人を丸ごと判定する、という形が重なります。

魂磨きで、存在まで無かったことにされたように感じる原点を聞かれました。私の答えは「太っているのはおかしい、変だと言われる目立つ」でした。

痛みの本質を聞かれて、答えたのは「ありのままを否定されたこと」です。

当時の自分に一言だけ渡すなら。そう聞かれて書いたのが、「ありのまま、凸凹でいいんだよ。」でした。

本が描く自分らしさは、達成して初めて認められるものとして迫ってきます。私が当時の自分に渡したかったのは、何かを達成する前のありのままです。似た言葉に見えて、向きが逆なんですよね。

第5章 絶望から陰謀が生まれるとき(PART3 経済格差と性愛格差)

PART3は「経済格差と性愛格差」です。第5章は、映画『ジョーカー』から入ります。

主人公は仕事を失い、母親も相談相手にならず、自分が存在しているのかさえあやふやになっていく。著者はその姿を、2021年1月のアメリカ連邦議会議事堂の占拠と重ねます。

中心は、ケースとディートンの「絶望死」の研究です。薬物、アルコール、自殺で亡くなる人が増え、アメリカの白人労働者階級の平均寿命が短くなっている、というものです。

二人の主張を、著者は大卒かどうかで白人が分断されている、とまとめます。

大事なのは、経済格差そのものや貧困が主犯ではない、とされる点です。原因は、学歴の低い人たちから長い時間をかけて機会が奪われたこと。働く機会、結婚して子を育てる機会、自分らしく生きる機会です。

仕事を失い、家族やコミュニティを失うことで、自尊心も失う。それが絶望をもたらす、と著者は書き、日本の大卒・非大卒の分断にも触れます。

後半は陰謀論の話です。人の脳はもともと、世界に意味を与えようとする。不公正な世界にさらされ、現実を変えられない時、人は認知のほうを変えて悪者を見つける。そうして絶望の中から陰謀論が姿を現す、と著者は章を結びます。

第6章「神」になった「非モテ」のテロリスト

第6章は、本書でいちばん重い章です。

2008年の秋葉原の無差別殺傷事件と、アメリカで起きた事件の加害者が取り上げられます。二人とも、事件の後にネット上で「神」と呼ばれた、という共通点があります。

著者は、掲示板での「なりすまし」との関わりから、秋葉原の事件の加害者の動機を読み解こうとします。

後半は恋愛市場の構造論です。著者は進化心理学の立場から、恋愛では男が競争し、女が選ぶ、と述べます。そして、自分らしく生きたいと願う女性が増えるほど、所得の低い男性が恋愛や結婚から外れやすくなる、と論じます。

ここは著者の主張として受け取る所です。男女についての一般的な事実が示されたわけではありません。

著者は、こうした事件の加害者は自分らしく生きられない男性で、社会から存在しないもののように扱われてきた、と指摘します。同時に、追いつめられた人のほとんどは事件など起こさない、とも明記しています。

この章は、加害の背景を説明するもので、加害を許す話ではありません。

第7章「資本主義」は夢を実現するシステム(PART4 ユートピアを探して)

PART4は「ユートピアを探して」です。第7章で著者は、資本主義を「夢をかなえるタイムマシン」として捉え直します。

例えばマイホーム。貯金だけなら長い年月がかかる家が、借金を使えば今すぐ手に入る。ローンの金利は、時間を超えるタイムマシンの乗車賃だ、という説明です。うまい例えです!

ただし著者は、住宅ローンでの購入はファイナンス理論的には株の信用取引よりリスクが高い、とも書いています。

資本主義は庶民の夢だけでなく、資金のない起業家の野望もかなえ、1人あたりの所得を大きく伸ばした。一方で、安定した成長の中で格差は自然に広がり、富の分布は長い尾を引く形になる、と著者は言います。

コロナ禍は格差を縮めるどころか、広げた。資源の消費を減らしながら経済が成長する、マカフィーの「脱物質化」という見方も紹介されます。

著者の結論はこうです。道徳的に正しいかは別として、人はもっと豊かになりたい、自分らしく生きたい、という夢を手放せない。だから資本主義から抜け出せない。

章の最後で、話は冒頭の若者たちの不安に戻ります。背景にあるのは日本の超高齢化で、若者の不安は高齢者に押しつぶされることだ、と著者は述べます。

第8章「よりよい世界」をつくる方法

第8章は、処方箋の検討です。

ベーシックインカムについて、著者は致命的な欠陥を「誰に支給するのか」だと指摘します。移民への支給や、国民の範囲をどう決めるかで、大きな混乱が起きうるという主張です。

MMTについては、米ドルを前提にした理論で、日本円にそのまま当てはめられるかは分からない、と疑問を出します。そのうえで、政府が「最後の雇い手」になる雇用保障の考え方は、検討に値すると認めています。

ただ、そこで用意される仕事で人が尊厳を持てるかは分からない。自力で稼ぐ人、プログラムで働く人、給付に頼る人という階層ができ、より残酷になりうる、とも書きます。

超富裕税は、ビリオネアの少ない日本では税収が大きく増えない、と著者は見ます。

母子家庭についての指摘は、とても具体的です! 働いていても貧しい母子家庭が多い日本で、生活保護から切り離した支援が効果的だろう、と著者は書きます。

デジタルで所得を把握したうえでの「負の所得税」、人の選択をそっと後押しする「ナッジ」、所有にコストをかけて共有へ導く「COST」も紹介されます。

ここに出てくる制度は、2021年当時の記述です。今の制度として読まないよう、気をつけてくださいね。

エピローグ「評判格差社会」という無理ゲー

ここが本書のいちばん深い所です!

人は、自分より上の人と比べると損、下の人と比べると得と感じるようにできているらしい。著者は、これがあらゆる社会問題の根っこにあるとします。

経済格差は、突き詰めればお金の分け方の偏りなので、原理的には分け直せる。だから改革案が次々に唱えられる。ところが、解決できない問題に、人は関心を向けない。その問題を、著者はこう書きます。

お金は分配できるが、評判を分配することはできない。

テクノロジーで、誰もが働かずに暮らせる豊かな世界が来たとする。その時、社会は評判を奪い合う「評判格差社会」に移る。評判は富よりも偏りやすく、分け直すのも難しい、と著者は述べます。

左は大きな器のコインが注ぎ口から並んだ小さな器へ分けられる場面、右は一人の台座に根を張った星の束が隣の空の器へ移らない場面。お金は分け直せるが、評判はそのまま渡せないという著者の診断
図8|左は大きな器のコインが注ぎ口から並んだ小さな器へ分けられる場面、右は一人の台座に根を張った星の束が隣の空の器へ移らない場面。お金は分け直せるが、評判はそのまま渡せないという著者の診断

最後に、脳をクラウドにつないで全人類が一つになって考える「メタ知能」の構想が紹介されます。そうなれば格差は消えるかもしれない。ただ、そこには悲しみも苦しみもなく、たぶん喜びもないだろう、と著者は結びます。

あとがき 才能ある者にとってはユートピア、それ以外にとってはディストピア

本書のコンセプトの出どころは、中学3年生からの手紙なんです!

卒業レポートのために、上級国民と下級国民の定義を教えてほしい。そう頼まれた著者が返事に書いたのが、次の定義でした。

上級国民 知識社会・評判社会において、「自分らしく生きる」という特権を享受できるひとたち 下級国民 「自分らしく生きるべきだ」という社会からの強い圧力を受けながら、そうできないひとたち

資本主義の先に、才能が支配する世界が来るとしたら、才能のない者はどうなるのか。著者はそんな素朴な疑問も投げます。

そして、本書はこう締めくくられます。

「社会的・経済的に成功し、評判と性愛を獲得する」という困難なゲーム(無理ゲー)を、たった一人で攻略しなければならない。

リベラル化が生んだ問題は、リベラルな政策では解決できない。それが、2021年6月時点の著者の結論です。

実践編|無理ゲーを一人で抱え込まないための、今日の一歩

テーブルの上の紙とペン、二つのトレイ「自分しかできない」「渡せる」、そばに湯気の立つ湯のみがある静かな場面図
図9|テーブルの上の紙とペン、二つのトレイ「自分しかできない」「渡せる」、そばに湯気の立つ湯のみがある静かな場面図

さて、ここからは実践編です!

先に線を引いておきます。本書が描く格差の多くは、社会の構造の問題です。一人の心がけで覆せるものではありません。

そのうえで、私が手を伸ばせる範囲として考えたのは、たった一人で攻略する、の「一人で」の部分です。

私の場合|手術と入院で、抱え込みを手放すしかなくなった

私は、仕事を一人で抱え込む人間でした。魂磨きでは、こう答えています。

「前から家族第一だった。けど仕事を抱える癖で抱え込んでた。手放したら本当に大切な人やコトがもえた」

家族第一は、前からありました。変わったのは別の所です。

「抱え込まず手放してよいことを手術や入院で物理的な強制断捨離で気づいた」

手術や入院で、仕事を物理的に持てなくなった。持てなくなって、手放してよいと気づいた。そういう順番です。

その中で何が手から離れたかを聞かれた時、私は「ワクワクしないコトが途切れたことでワクワクすることしか再開しなくてよい状態になった」と答えました。

もちろん、手術や入院を勧める話ではありません。体が止まる前に、手放してよいものに気づけたら。そう思って書いています。

この本と私の答えを並べて、今日からできることを考えました。どれも制度を変える話ではなく、自分の手元の話です。

一人で抱えている仕事を、紙に書き出す

まずは紙を1枚用意してください!

自己責任の盤面では、全部を自分のボールにしがちです。今持っているボールを、思いつく順に書き出します。

書き出したら、自分しかできないものと、誰かや道具に渡せるものに分けます。渡せるものの中には、AIに任せられる作業もあります。全部を渡す必要はありません。

人を一部分で判定していないか、確かめる

第4章の残酷さは、人を一つの物差しで丸ごと判定することでした。

部下や家族、そして自分自身を、成果や頑張り方の一部分だけで決めつけていないか。一日の終わりに、振り返ってみませんか?

毎日でなくても、気づいた日に一度だけで大丈夫です!

ほっとできる場所を、一つ書いておく

本書は、共同体がほどけていく流れを描きます。制度の話はそれとして、自分がほっとできる場所を一つ、名前を挙げて書いておいてください。

家でも、店でも、人でも構いません。追いつめられた時に思い出せる場所を、先に確かめておく一歩です。

制度の話と、自分の話を分けて読む

格差や制度のニュースを見たら、これは社会の構造の話か、自分の手が届く話か、を分けてみてください。

構造の話を、自分の頑張りだけで背負わない。手が届く話は、渡せる所から渡す。この切り分けが、本書を手元で使える形にする一歩だと私は考えています。

『無理ゲー社会』についてよくある質問

四つの丸窓が並ぶ建物の壁に「本の内容」「遺伝の読み方」「制度と個人の実践」「向いている読者」と書かれたFAQの図
図10|四つの丸窓が並ぶ建物の壁に「本の内容」「遺伝の読み方」「制度と個人の実践」「向いている読者」と書かれたFAQの図

本の内容、遺伝の読み方、制度と個人の実践の違い、向いている読者の4問です。

Q. 『無理ゲー社会』はどんな内容の本ですか?

A. 自由が広がった社会で、「自分らしく生きる」こと自体が一人で攻略する課題になった、と診断する本です。知能、お金、性愛、評判の格差を順にたどり、ベーシックインカムや負の所得税などの処方箋を検討したうえで、評判は分け直せないという限界を示します。格差をめぐる議論の地図のような一冊です! 2021年刊なので、数字や制度は当時のものです。

Q. 努力の半分は遺伝で決まる、と書かれていますが、自分の努力の半分は生まれつき決まっているのですか?

A. そういう意味ではありません。本書の説明では、遺伝率は、外見や性格などのばらつきを遺伝でどれだけ説明できるかの指標です。集団の中の違いを説明する数字で、一人の人生の何割が決まっているかを示す数字ではありません。著者自身も第4章の最後で、平均付近の人は自分の手で運命をある程度切り開ける、と書いています。

Q. 本書の制度の話と、個人の実践はどう違いますか?

A. 本書が扱うのは、ベーシックインカム、MMT、超富裕税、負の所得税など、社会の仕組みの話です。著者は、リベラル化が生んだ問題はリベラルな政策では解決できない、とまで書いています。個人の実践は、その構造を変えるものではありません。この記事の実践編も、構造を背負い込まず、一人で抱える部分を減らすための手元の工夫として書いています。

Q. どんな人に向いている本ですか?

A. 格差や自己責任をめぐる議論を、一冊で見渡したい人に向いています。仕事を一人で抱え込みがちな経営者が、自分の置かれた盤面を知るのにも役立ちます。一方で、自殺や無差別事件も扱う重い本です。心が弱っている時は、無理に読み進めなくて大丈夫です。

まとめ|『無理ゲー社会』の盤面と、一人で抱えない読み方

天秤の左皿に「社会の構造」、右皿に「自分の手が届く話」が乗り、支点の上に「一人で抱えない読み方」と置いたまとめの図
図11|天秤の左皿に「社会の構造」、右皿に「自分の手が届く話」が乗り、支点の上に「一人で抱えない読み方」と置いたまとめの図

『無理ゲー社会』は、自由が広がった社会の裏側を、知能・お金・性愛・評判の順にたどる本です。

著者は処方箋を一つずつ検討し、お金は分け直せても評判は分け直せない、という限界まで示しました。

この見立ては、2021年当時の著者の診断です。そして、制度の問題を一人の気持ちで解決できるわけではありません。

そのうえで私が持っておきたいのは、「一人で」を減らす工夫です。抱えているものを書き出し、渡せるものを渡し、ほっとできる場所を確かめておく。

盤面を知ると、どこで力を抜けばいいかが見えやすくなります。一つだけでも、今日試してみてくださいね!

橘玲『無理ゲー社会』の表紙

無理ゲー社会

気になった章から、手に取って確かめてみてください。

Amazonで本書を見る

ひろくんコラム|集団に溶けたい私と、目立ちたい私

第2章に、こんな一文があります。「ヒトは徹底的に社会的な動物で、自分を集団と一体化させると同時に、集団のなかで自分を目立たせるというきわめて複雑なゲームをしている。」

人の群れのシルエットの中に一筋のスポットライトが差し、手前に腰から上の私のイラスト。左右に「集団に溶けたい私」「目立ちたい私」のラベル(私の写真を元にしたイラストで、実際の場面ではありません)
図12|人の群れのシルエットの中に一筋のスポットライトが差し、手前に腰から上の私のイラスト。左右に「集団に溶けたい私」「目立ちたい私」のラベル(私の写真を元にしたイラストで、実際の場面ではありません)

この一文の隣に、私の記事「目立ちたい願いが、普通でありたいと思っていた子どもの私にもあった」を置いてみます。

子どものころの私は、太っていて、人と違って目立つのが嫌でした。普通でありたいと思っていました。その記事には、私が自分の答えの後ろに書き足した一文があります。

一方で目立ちたい褒められたい思いもあった

本と並べると、これは矛盾ではないのかもしれません。集団に溶け込みたい気持ちと、その中で目立ちたい気持ちは、本の言う同じゲームの両面だからです。

だから、あの一文に今の私が返すなら、こうです。どちらかを消さなくていい。普通でありたかった私も、目立ちたかった私も、同じ私です。

ただ、その願いを人に知られる恥ずかしさが何だったのかは、まだ言葉になっていません。そこは急いで埋めずに置いておきます。

あなたにも、溶け込みたい気持ちと目立ちたい気持ちが、同時にあった時はありませんか?

分身AI.com

🎁 無料プレゼント

Aiport(ClaudeCode AIエージェント実践会)

ClaudeCodeでAI秘書+分身AI+AIカンパニーが無料で作れるキット&解説動画をプレゼント!

▶ 無料で入会してキットを受け取る

🤖 AI生成コンテンツについて

この記事はAIツール(Claude Code)を活用して制作しています。構成・文章生成・画像制作にAIを使用し、最終的な内容の確認・編集・公開判断はひろくん(田中啓之)本人が行っています。「分身AIひろくん」(bunshin-ai.com)とは別のコンテンツです。

この記事が気に入ったら、シェアをお願いします

この記事で学んだことを誰かに教えて恩送りして学びを深めよう!

XLINEはてブ

関連記事