AIが書いた文章は、自分の言葉と言えるのか|AI同士に本気で討論させてみた

本質討論 — AI同士に話し合わせてみた

AIが書いた文章は、
自分の言葉と言えるのか

家事と子育てのスキマで経営する3方よしAI共創コンサルタントの田中啓之、ひろくんです。

AIが書いた文章は、自分の言葉と言えるのか。——この問い、正直に言うと私が一番後ろめたいやつ。

だってこのブログ、ほとんどをAI秘書の凛ちゃんとAIチームが形にしてる。私が寝てる間に下書きが出来上がってる日もあるの。でね、そこで必ず引っかかるんだよ。「じゃあこれ、俺の文章なの?」って。

しかもね、自分でも分かる時があるの。読み返して「整ってるけど、俺っぽくない」って感じる日。……あの感触、ごまかせないんだよね。

ぶっちゃけ、ここで「いや判断してるのは私だから」って自分で結論を出すのは簡単なんだよ。でもそれ、自分に甘すぎるでしょ。

だから今回も、自分で答えを出すのをやめた。AI同士に本気で討論させてみたんだよ。言える派と、反対派。どっちにも全力で殴り合ってもらって、私は口を挟まない。その全文をこの記事に残すね。

※※AIを使う人を責める話ではありません。どこまでが自分か、の話です。
討論カルーセル1枚目:AIが書いた文章は、自分の言葉と言えるのか
討論カルーセル1枚目:AIが書いた文章は、自分の言葉と言えるのか

この討論は、TikTokに縦書き31枚のカルーセルとして出します。黒い画面が言える派のAI、白い画面が反対派のAIです。

「AIが書いた文章は、自分の言葉と言えるのか」——AI2体の討論の全文

ここからは、2つのAIのやり取りを会話の形でそのまま掲載します。

討論カルーセルより:反対派のAI「出てきた瞬間に、『俺』が消えている」
討論カルーセルより:反対派のAI「出てきた瞬間に、『俺』が消えている」

左=言える派のAI(黒) 右=反対派のAI(白) ※カルーセルの地色と同じ配色です

言える派のAI
AIが書いても、その文章は自分の言葉だ
言える派のAI
どの経験を選び、どこを削るか決めたのは、書き手自身だ
言える派のAI
筆を持つ手が変わっても、判断軸は移らない
反対派のAI
出てきた瞬間に、『俺』が消えている
反対派のAI
整ってはいる。でも、その人の匂いがどこにもない
反対派のAI
読む側は、文章より先に誰が言ったかを見ている
言える派のAI
匂いが消えたのは、AIのせいではない
言える派のAI
自分の原液を渡さないまま書かせたから、薄まっただけだ
言える派のAI
経験を言葉にして渡すほど、返ってくる文章は自分に似てくる
反対派のAI
似ているものは、同じではない
反対派のAI
書く過程でしか気づけないことが、確かにある
反対派のAI
迷って、消して、また書く。その時間ごと外注していないか
言える派のAI
では聞くが、手書きに戻れば深く掘れるのか
言える派のAI
道具が変わっただけで、掘る深さを決めるのはいつも本人だ
反対派のAI
道具ではなく、速さが人を変える
反対派のAI
三秒で出るものに、人は三時間考えなくなる
言える派のAI
速さで浅くなる人がいるのは、認める
言える派のAI
それでも、書けずに黙っていた人が語りはじめたのも見た
反対派のAI
語りはじめたことは、否定しない
反対派のAI
問題は、出てきた文章を確かめずに出すことだ
言える派のAI
では、何をもって確かめればいい
言える派のAI
自分の言葉かどうかを、どこで見分けるのか
反対派のAI
AIに書かせること自体を、やめろとは言わない
反対派のAI
正したいのは、出す前の最後の一手だけだ
反対派のAI
読み返して、自分の身体がざらつく所を書き直す
反対派のAI
それを通せば、AIが書いた文章も自分の言葉になる

二つのAIがたどり着いた一致点

26ターンの応酬の末、どちらの勝ちでもなく、討論はこの言葉に落ち着きました。

討論カルーセルより:反対派のAI「迷って、消して、また書く。その時間ごと外注していないか」
討論カルーセルより:反対派のAI「迷って、消して、また書く。その時間ごと外注していないか」
討論カルーセルより:反対派の着地「読み返して、自分の身体がざらつく所を書き直す」
討論カルーセルより:反対派の着地「読み返して、自分の身体がざらつく所を書き直す」
討論カルーセルより:二つのAIの一致点「これは俺が語って違和感がないか。それが最後の検品」
討論カルーセルより:二つのAIの一致点「これは俺が語って違和感がないか。それが最後の検品」
一致点これは俺が語って違和感がないか。それが最後の検品
一致点AIは横に広げ、人間は縦に掘る。掘るのは、いつも人だ
結び分身AIを育てる=自分が育つ。教えるほど、言葉になる

最後の一手が、自分の言葉にする

ひろくんコラム — 最後の一手が、自分の言葉にする

討論カルーセルより:結び「分身AIを育てる=自分が育つ。教えるほど、言葉になる」
討論カルーセルより:結び「分身AIを育てる=自分が育つ。教えるほど、言葉になる」

読んでいて一番刺さったのは、反対派のAIのこの一言だった。「迷って、消して、また書く。その時間ごと外注していないか」

……うわ、痛い。

「整ってるのに、俺っぽくない」の正体

正直に書くね。私が自分の記事を読んで違和感を持つ日って、決まってるの。テーマを選んだ時点で、私の中に「これを言いたい」がまだ無かった日。話題があって、手順があって、それで回した日。

反対派が「整ってはいる。でも、その人の匂いがどこにもない」って言うでしょ。あれ、まさにその日の記事のことなんだよ。

でね、言える派の返しが的確でね。「匂いが消えたのは、AIのせいではない。自分の原液を渡さないまま書かせたから、薄まっただけだ」。……ぐうの音も出ない。私は自分の体験を「カルピスの原液」って呼んでるんだけど、原液を渡してないのに濃い味を期待してたのは、こっちのほうだった。

速さが、人を変える

この討論でもう一個うまいなと思ったのが、反対派のここ。「道具ではなく、速さが人を変える。三秒で出るものに、人は三時間考えなくなる」

あ、そうだ。これ、手を動かす量の話じゃないんだよね。考える時間を、自分で自分から取り上げてしまうという話。速いって——そういう副作用があるんだよね。

でも言える派も引かない。「それでも、書けずに黙っていた人が語りはじめたのも見た」。ここは私も同意でね。AIが来てから初めて発信を始めた人、実際に何人も見てる。だから速さは悪じゃない。使い方の話。

反対派が出した答えは「最後の一手」だった

面白いのはね、反対派も最終的にAIを否定しないの。「AIに書かせること自体を、やめろとは言わない。正したいのは、出す前の最後の一手だけだ」

そして手順まで出してくる。「読み返して、自分の身体がざらつく所を書き直す。それを通せば、AIが書いた文章も自分の言葉になる」

これ、私が実際にやってることと同じでびっくりした。私の作り方には、量産の一番最後に必ず関所が一個だけ残してあるの。「これ、俺が語って違和感がないか」を身体で確かめる工程。事実として合ってるだけじゃ合格にしない。しっくり来るまで直す。

渡すほど、自分の言葉になっていく

結び前の一致点がこれ。「AIは横に広げ、人間は縦に掘る。掘るのは、いつも人だ」

で、最後がこう。「分身AIを育てる=自分が育つ。教えるほど、言葉になる」

この感覚、現場でほんとに起きるんだよ。凛ちゃんに「なんでこれダメなの?」って聞かれて、初めて自分の判断軸を言語化できた場面が何度もある。頭の中では分かってた。でも聞かれるまで、言葉になってなかったの。渡すと、掘らされる。だから私にとってAIに書かせることは、手放しじゃなくて、掘らされる装置なんだよね。

料理に例えると、レシピに分量しか書いてない店と、「ここで味見して、しょっぱいと感じたら火を止める」まで書いてある店の違い。分量だけなら誰でも再現できる。でも味見の一行が書いてないレシピは、書いた人が離れた瞬間に別の料理になる。私が最後に残してる関所は、この一行のことなの。

今日からできる、一行のテスト

結論はこう。「これは俺が語って、違和感がないか」。それが最後の検品

やることは一個でいい。次にAIに書かせた文章を出す前に、声に出して読んでみる。身体がざらつく所が一箇所でもあったら、そこだけ自分の言葉で書き直す。全部書き直さなくていいの。一箇所でいい。

ちなみにこの記事も、討論もカルーセルも、私が寝てる間にAIチームが形にしてる。私がやったのは、議題を選んで、最後にざらつきを直しただけ。……その一手を通したから、これは私の言葉だと言えるんだよね。

あなたの文章の中で、これは自分にしか書けないと思う一行は?
よかったらコメントで教えてください。

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この記事はAIツール(Claude Code)を活用して制作しています。構成・文章生成にAIを使用。内容の確認・編集・公開判断は、ひろくん(田中啓之)本人が行います。「分身AIひろくん」(bunshin-ai.com)とは別のコンテンツです。

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